アクアアルタの季節に
ヴェネツィア名物Aqua alta= #アクアアルタ (高潮)は、月の満欠けによる潮の満ち干に加えて季節風(アフリカから吹いてくるシロッコ)や
気圧の変化、それに降雨などによってひき起こされる気象現象です。
毎年これらの条件が重なることの多い10月末から11月にかけての時期、
晩秋によく起こります。
#アクアアルタという日常
町中が水浸しになるアクアアルタに驚いて右往左往するのはやはり観光客
であり、住民たちは慣れたものです。
潮の満ち干による自然現象なので、しかるべき時間がくれば水はひいていくのがわかっています。面白いことに、水は満ちる時もひいていく時も
ある一線まではじわじわゆっくりですが、そこを超えると急に速度が
増していくように感じます。通常ならば、だいたいピークを迎えてから
2時間後には長靴なしで歩けるくらいにひいていきます。
朝の通勤・通学時間にピークを迎えることが多く、小川のようになった道を近所の幼稚園の子供たちが父親に肩車されて通う姿は、ほほえましいもの
です。子供達もちょっとうれしそう。
同じくざぶざぶと台車を曳き荷物を運ぶ人、長靴代わりにゴミ袋を器用に
履いて歩く人、皆あたりまえのように行き交っていきます。
とはいっても、ヴェネツィア全体が一様に冠水するわけではなくて、やはり運河沿いの海抜の低い場所から浸っていきます。
冠水しやすい箇所には予めPassarelleとよばれるテーブルのような台が用意してあり、予報が出てアクアアルタとわかれば(2~3時間前には警報サイレンも鳴る)この台をどんどん並べて長い渡り廊下のようにし、その上を歩くしかけになっています。
アクアアルタの名所で、通行量も多いサンタルチア駅前やサン・マルコ広場などには、この台が常備されています。
が、我がヴェネツィアの家の最寄りのフォンダメンタ(河岸)は、かなりのアクアアルタポイントであるにもかかわらずこの台がありません。
従って長靴でも間に合わないくらいの水位50センチ以上の冠水時には、
文字通り陸の孤島となってしまいます。
2010年の11月にヴェネツィアにいた時は、悪天候で長雨が続き、
例年以上の頻度でアクアアルタに見舞われました。
はじめのうちは面白がっていた私たちも、さすがに連日の冠水で、
出かけるたびに長靴が必要となると、少々うんざりしてきます。
当然運河の水位も上がればヴァポレット(水上バス)も橋の下を
くぐることができないので、その間は運行停止となり、
水がひくまで足止め。これもかなり面倒です。
ヴェネツィアの建物はふつう1階部分は住居には使用せず、倉庫や階段室
などになっています。ただ店舗は1階ですから、ドアの前に防護板を
立てたり、土のうを積んだりして水の浸入を防ぎます。
それでも完全に防げるわけではなく、ホースで外へ排水したり、
2〜30センチの水位ならそのまま営業してしまう商店やカフェやバールも
珍しくありません。もちろん客の方もいつものことかと、
慣れているので平気です。
そのあまりの鷹揚さには驚きますが、アクアアルタは雨が降るのと
同じような自然現象のひとつとして日常の中に受け入れて
しまっているのです。
*ヴェネツィアの洋品店、長靴の品揃えはさすがです。
*バールの入り口の冠水避けの防護板。
CASPITA!な事件
そんなある朝、突然テレビが映らなくなりました。
ヴェネツィアの家はほとんどが集合住宅で、アンテナは各戸ごとにつけて
います。マンマは長雨が続いたせいで、引き込み線が湿ったからじゃないか
というのですが、結局よく分かりません。
もしかして受像機自体の不具合なのではと、もうひとつのテレビもつけて
みても、やはりこちらもザーッと砂嵐のような画面が出るだけです。
しかたない、とりあえず雨が上がってから様子をみるしかないね、
と言ったとたん、マンマがあっ!と声を上げ、あることに気づきました。
今日11/30はデジタル地上波への切り替えの日じゃなかろうかというのです。
ええっ、そんなことってあるわけ?と不審に思っていると、
ご近所のシニョーラたちから次々電話があって、たしかに今日がその日だということが判明。なんと皆ご同様に、突然テレビが映らなくなって
初めて気づいたというのだから驚き、まさにCASPITA!(こりゃたまげた、というようなやや古くさいニュアンスのイタリア語)です。
そういえば、数日前にもデジタル切り替えがどうのとか、デコーダーを
買わねばとか話題にしていたのが、まさかこんなに直近の話だとは。
口では「テレビなんて映らなくたって困りゃしない」などと強がってみる
ものの、一人暮らしのマンマにとってテレビはなくてはならない必需品です。デコーダーをつけてすむのであれば、すぐにでも手に入れたほうが
いいんじゃないというと、買うなら本土メストレの量販店SME(ズメ)に行って少しでも安く買いたいと、しぶとく倹約ぶりを発揮して譲りません。
しかも、よりによってこの日はかなりのアクアアルタで、メストレどころか最寄りの電器屋に行くのもままならない状態でした。
第一今頃行ったって、もうすっかり売り切れているんじゃないの?
そういえば、この間リアルトの電器屋へ立ち寄ったら、テレビの売り場に
長蛇の列が出来ていて、ナターレ(クリスマス)のプレゼントにしては
早いなと思ったっけ。あれは間際にデコーダーやデジタル対応テレビを
買おうと駆け込んだ人々だったのでしょう。
#なんとかなるさという生き方
しかし間際であるにせよ、慌てて電器屋へ走るのはどうやら一部の人たちで、多くは例によって「やれやれ、でもまあなんとかなるさ」という態度。
マンマもそのひとりというわけです。
それにしても呆れてしまうのは、行政側の告知と対応。
イタリアのテレビ電波デジタル化は、ローマのあるラツィオを皮切りに
州ごとに順次行われ、北イタリアのヴェネトやさらに東のフリウリなどは
一番最後の方でした。
その切り替えの期日も当初10月といわれていたのが、やっぱり無理だから
年内にと暫定延期となり、その後も行きつ戻りつはっきり決まらないまま、つい数日前になって突如11/30に決定!ということになったらしいのです。
その告知も時々テレビ画面の下に小さくテロップが流れるだけで、これでは
気づかないのも当然です。
しかし、こういった中途半端なオーガナイズに皆慣れきっているのか、
誰も騒ぎたてるわけでもないのです。
結局マンマはテレビなしで数日を過ごした後、長男のアドリアーノに頼んでデコーダーをつけてもらいあっさり一件落着となりました。
その後もデコーダーは別に品切れになったりしませんでした。
多くの人が一斉に電器屋に走り店頭はパニック、あっという間に売切れに
なる、なんていう日本でありがちな状況にはならないのです。
さらに驚くことに、この「デジタル切り替えに気づかない人々」の
一件は、そっくりそのまま数日後に訪れたフリウリの友人宅で見事に
再現されたのでした。
イタリア人のこの果てしなくマイペースでゆるいセンスにはどうにも
ついていけない気もしますが、逆に日本のように議論の余地なく
皆がまっしぐらに一方向へ突進するのも、それはそれでこわい。
常に突き進むことがよしとされる世の中と、そうでない世の中、
とにかく違うとしかいいようがないのです。
そうそう、おまけの話をすると、ある時、サンタルチア駅で切符を買うため窓口に向かっていると、横合いから「自動券売機で切符を買いましょう」
という腕章をつけたシニョリーナが現れて、買い方を説明する
キャンペーン中だというのでした。
せっかくなので、ありがたく申し出に従うことにしたのですが、
現金でなくカードで支払う段になって、彼女自身操作がわからなく
なって、あえなく途中でリタイア。(ええ~!)
やむなく、窓口の列に並んで切符を買ったのはいうまでもありません。
予想を裏切る展開にがくっと肩の力が抜けまくるこの感じ、
イタリアにいるという実感が湧く瞬間です。
VIVA ITALIA、これだからイタリアはやめられないのです。