メルカートへ行こう
ヴェネツィアで真っ先に行くべきところ、それはサンマルコ広場でも
アカデミア美術館でもなくリアルトのメルカート、つまり市場です。
私がイタリア語、そしてヴェネツィア語を体得したのも、
マンマと連れ立っていく市場という野外教室でした。
そこには日々の食卓にのる幸せや、生き生きした人生そのものがあります。
朝のカフェを飲みながら
朝のカフェを飲みながらマンマとその日の献立の相談。
「昨日は何を食べたっけ」に始まり、ヴェネツィア独特のリチェッタ
(レシピ)や体にいい食べものについて、はたまたこの時期どんな
魚や野菜が旬なのかなどなどレクチャーを受けながら、かなり真剣に
話し合うのです。
ポストに入っている各種スーパーのチラシを広げ、チーズやカフェなどの
特売をチェックするのも大事な仕事です。
あらかじめマンマにアイデアがあり、いきなり仕度にとりかかることも
しばしばでした。そうなるとマンマの指示のもと、朝からイカの皮むきやら野菜のみじん切りが始まります。
驚くことにマンマは今まで私たちに何を食べさせたか、それに好物なども
すべて空で記憶していて、新しいリチェッタを披露する時には念入りな
説明をつけ加えるのを忘れません。
食べることへの限りない情熱は、美食とはまた違う意味でのこだわりとしてしっかり身についているのです。
旬のもの、土地のものを食べる心意気もそのひとつ。
たとえばヴェネツィアに春を告げるのはサンテラズモ島(ヴェネツィアの湾に散らばる島々のひとつ)の野菜たち、カストラウーレ(食用アザミ=カルチョフィの一番摘みの蕾)、アスパラガスにえんどう豆。
江戸前ならぬヴェネツィア前のラグーナ(湾)でとれるイカや、モエケというソフトシェルの小さな蟹も期間限定の味です。
そうそう、マゼンタピンクのまだら模様が美しい生のいんげん豆が出回るのもこの季節ならでは。
「それじゃあ、今日はPasta e Fagioi =パスタ・エ・ファジオイ
(いんげん豆とパスタのスープ)にしようか。」と、マンマ。
方針が決まれば、さあ買いだし、メルカートへ直行です。
*メルカートへはいつもマンマと一緒
*渡し船トラゲットに乗って市場へ。正面のアーチの建物が魚市場。
#暮らしの真ん中にあるリアルト市場
メルカートはその土地の暮らしぶりが一番よく判るところ。
島の中心に位置するリアルト市場は、ヴェネツィアで最も魅力的な場所
のひとつです。
最寄りの停留所からヴァポレット(水上バス)で行くこともできますが、
大運河、カナルグランデの対岸からのトラゲット(渡し舟)に乗るのも
また愉しいものです。大運河を横断するだけなので、ものの5分ほどですが、
1エウロに満たない代金で住民用のゴンドラ体験ができます。
赤いテントが目印の魚市場ペスケリアはネオ・ゴシック様式の由緒ある
建物。その横には野菜市場エルベリアとそれを囲むように様々な食材店が
立ち並び、朝早くから賑わっています。
ラグーナでとれたばかりのぴかぴかの魚や、元気いっぱいの野菜たちが
見事にディスプレイされているのは壮観で、思わず見とれてしまいます。
地元産を意味する「NOSTRANO=我々の」と書きつけた札があちこちに
つけてあり、
「朝とったばかりの、サンテラーズモの味のい~いアスパラガスだよう」「ラグーナのとれたてのゴ(ハゼの一種の魚)だよう。リゾットにすると
うま~いよお」と、売り子たちの歌うような口調も誇らしげです。
*新鮮な魚がひしめき合うペスケリア
*美しい野菜が並ぶエルベリア
*魚も野菜も値段はキロ単位
マンジャーレベーネはまず食材調達から
*マンマと辞書と首っ引きで
*ヴェネツィア名物ラグーナのシャコ、サンテラズモのアスパラガス
季節のうつり変わりや自然の恵みが感じられる店先を見てまわると、
つい浮き足立ってしまうけれど、品物選びはあくまでも慎重に。
果物はここ、魚ならこちらという具合に昔からのなじみの店が
決まっていて、ひとつひとつ厳しく吟味していきます。
八百屋のマッシモ、魚屋のマウリツィオ、肉屋のミルコ、
なじみの彼らとマンマの丁々発止のやりとりは、まるで芝居のように
面白く、そして聞き逃してはならない情報がいっぱいでした。
オリーヴオイルなど常備品や缶詰めなどは別にして、新鮮な食材は計画を
立ててこまめに買います。パンも毎日近所の店へ買いに行きます。
mangiarebene=マンジャーレベーネ(よい食事)はまず食材調達から、
料理同様ここにも手抜きは一切ありません。
マンマのみならずイタリアの人たちは食べること、ことに家庭での食事を
とても大切にしています。
家族や友人たちと食卓を囲む愉しさ、そして心と体に与えるその効能を
こころ得ているからでしょう。
食べることは人生の基本、元気で幸せになる確実で最高の方法。
メルカートはおいしいヴェネツィア暮らしの象徴なのです。