北イタリアの夏〜②山奥の小さな村にて
友人キアラの誘いで訪ねた北東イタリア、フリウリ州の山の奥。
何もかもはじめて見る小さな村の暮らしは、
子供の頃読んだハイジの物語のようでした。
あの夏のきらきら輝く思い出です。
フリウリの山奥、小さな村にて 2002年8月
イタリアの最北東のフリウリ州。その南岸は風光明媚な海岸地帯、
北部は豊かな自然に恵まれた丘陵地帯、そしてイタリアンアルプスを臨む
山と渓谷が広がっています。
オーストリアやスロヴェニアと国境を接しているため、言語を含め
ハイブリッドな文化が形成された歴史的にも重要な土地です。
私たちの友人キアラの実家のあるPulferoプルフェロは山の方だとは聞いて
いましたが、実際に行ってみると想像以上の山奥にありました。
チヴィダーレのローカル線はかわいい2両列車
まずヴェネツィアから急行列車で2時間ほどのUdineウーディネまで行き、
そこからローカル線に乗り換えて、もう一つ先のCividaleチヴィダーレへ。
チヴィダーレの駅で迎えに来ているキアラたちと待ち合わせです。
チヴィダーレは先史時代やロンゴバルト王国の遺跡も多い、古代都市の
名残が遺る美しい町です。
さて、ここからは目的の村まで車で山を登っていきます。
急勾配のくねくねした険しい道を行くのですが、前方に次々広がる絶景
には、思わず驚きの声をあげてしまいました。
澄みきった空気のために、翳りなく全部ピントがあったパノラマは、
山々の稜線もくっきりと手が届きそうに迫ってくるのです。
小1時間ほどかけてやっとたどり着いたのは、プルフェロ村からさらに
数キロ先の、ほんの数軒の民家で構成された名もない小さな集落でした。
その中の一軒がキアラのマンマが住む家です。
ここの住人たちはまるでひとつの家族のように暮らしているので、
誰がどの家の住人なのか見分けがつきません。
みんな自由に行き来していて、鍵をする必要もないし、電話も共同で使っているのだとか。(まだ携帯電話が普及していない時代の話です)
到着した私たちは、キアラのマンマ、リナをはじめ隣近所の皆の歓迎を
受け、まずは自家製のプルーンで作ったグラッパで乾杯です。
階段状の斜面に交互に建つ石造りの家々の、一番下がキアラの実家、
真ん中がルジェッロとダニエラの夫婦の家、一番上がチヴィダーレに住む
パオロとジャンナのウィークエンドハウスです。
彼らがヴァカンツァに行っている間、その家を私たちが使わせてもらうことになっていました。
どの家も同じように、台所の真ん中にこの地方独特の伝統的な薪ストーブのある山小屋風の田舎家です。
あらためて家の周りを見渡すと、木陰を作っているプルーンやいちじくが
たわわに実をつけていました。
目の前にはカルチョーフィ(アーティチョーク)やトマトの野菜畑と鶏小屋があり、鶏が鳴き、数匹の猫とむく毛の犬が走り回っています。
薄紫色の夕暮れ時、どこかで薪を焚く匂いが漂ってきます。
初めて来た場所だというのに、懐かしさに胸が締めつけられるような
風景でした。
ストゥルッキを作るマンマ・リナ
ラ・ブロヴァダとチバプチッチ
この日はキアラのマンマ、リナが自慢の手料理を作ってくれました。
はじめて出会うフリウリの郷土料理に私たちは興味津々です。
ヴェネツィア同様、ここでもマンマの料理は手間のかかるものばかり。
名物料理La brovadaラ・ブロヴァダは、発酵のすすんだワイン漬けのカブを
すりおろして煮込んだもの。一見みぞれ煮かスープのような、同じく発酵
したキャベツで作るザワークラウトに似た料理です。
酸味のきいた煮込みは、やはりこの地方独特のcevapciciチバプチッチと
いう、スパイシーなソーセージにつけあわせて食べるのが定番。
山の暮らしには欠かせない保存食として漬け物料理があるのは、イタリアも同じようです。
strucchiストゥルッキは、松の実や胡桃、干しぶどうのペーストを小さな
餃子のような形に生地で包んだお菓子。
茹でるのと揚げたもの(これはまさしくあんドーナツ)の2種類があり、
この日は茹でたバージョンでした。
もっちりとしたストゥルッキはまるで東北の胡桃ゆべしのようです。
庭先で採れた黒と白のいちじくには、自家製グラッパ入りのクリームを
たっぷりかけます。
どの料理もどこか懐かしい、しみじみとおいしい素朴な山の味です。
そしてオーストリアやスロヴェニアなどの食文化の流れが感じられる、
未知なるイタリア料理の世界でした。
ちなみに、この地方の伝統的な料理にはイタリア料理の記号ともいえる
トマトは登場しません。イタリアにトマトが持ち込まれる以前から
ある古い料理だからです。
今夜は満月、隣のルジェッロの家のテラスにテーブルを出し、みんな一緒にマンマの手料理を食べることになりました。
ルジェッロが作った茄子のパルミジャーナ、きゅうりとトマトのサラダも
並びます。材料は家の畑で採れたものばかりの豊かな食卓です。
日が落ちると、真夏なのにセーターが欲しいくらいに冷え込んできます。
食事が終わってドルチェを食べる頃には、高い木の梢の先に月が輝いて
いました。ここで電灯を消してぴかぴかのルーナ、お月さまを眺めること
にしました。
月が出ていると影ができるくらいの明るさでしたが、それが雲間に隠れるとたちまち真っ暗になり、眼の中に闇が流れ込んでくるようです。
近くの森の中ではフクロウが低く啼いていました。
朝は下の家からフランチェスコが起こしに来てくれます