神宮外苑再開発への意見〜①創建の趣旨にかなうとは何か。18本の銀杏兄弟木に寄せて。
環境アセスメント(環境影響評価)とは、大規模な開発事業において、事業者が予測・評価した環境に与える影響について住民の意見を聴取し、事業実施に際し適正に配慮されるよう審査することです。
2022年4月15日。「神宮外苑地区市街地再開発事業」環境アセスメントに
対して「都民の意見を聴く会」が開かれました。
応募した公述人が、この事業計画が周辺の環境に及ぼす様々な影響について口頭で意見を述べました。
日照、風害、騒音、人流、大気汚染など物理的な弊害の他、緑や生態系などの環境、銀杏並木など歴史的価値を踏まえた景観保全、都市公園としてのあり方など意見が発表されました。
17人の公述人からは、この再開発計画に対し様々な角度の問題提起があり、「緑豊かな歴史ある景観を守るべきだ」と提案を含めた計画見直しを求める声が相次ぎました。意見公述会は今までにないほど、真剣で白熱しました。私も公述人のひとりとして意見を述べましたが、他のどの意見も多様で知見に富んだ素晴らしいものでした。公述人の声を、多くの皆さんに知っていただきたいと思います。
まず最初に私の意見を紹介いたします。
環境アセスメントを軽んじる事業者
私は今回の再開発に伴い伐採あるいは移植の対象となっている樹木について、恣意的に行われた調査と判定、また直近の悪しき前例である国立競技場の樹木の実態を述べたいと思います。
まず、本題に入る前に3/24の「東京都環境アセスメント審議会」をオンラインで傍聴した感想を述べたいと思います。まだ議事録が公開されていないため、引用する言葉の正確さについてはご容赦ください。
審議会を傍聴するのは初めてでしたが、委員の方々においては、住民の立場を踏まえた対応だと感じました。特にある委員の方が「住民にとって環境アセスの対象や項目は関係がない。」と発言されていたのが印象的でした。
そして実際に住民の関心が高く意見の多かった、樹木、生態系、緑の環境、景観について多くの時間が割かれていました。
その一方で、事業者の回答は2/18の前回から、ほとんど改善がみられず、
委員からも再三データ不足が指摘されました。「現段階で事業者が出している資料は、まだ具体的なデータが不足しているため、これでは環境アセスの議論はなんだったのかということになる」という厳しい意見もありました。重ねて委員長から事業者に対しては「モンタージュ図や評価調査など具体的かつ詳細なデータを準備し、それを開示、住民の方々の不安を取り除くようにしてください」との指示が出されていました。
環境アセスメント自体を単なる手続きだと軽んじる、事業者の不誠実な対応には、この計画の根本にある、住民不在の非民主的なあり方を見る思いがしました。そのためにも、今日のこの公述会が住民の声を届ける意味ある機会になることを願っています。
恣意的に判定された1000本近い樹木伐採
環境影響評価書案、生物・生態系317Pに「存置及び移植により保存する樹木の本数」という重要な表があります。樹木の「活力度」をA,B,C,Dに分けた
調査の後、存置、移植、伐採の3段階の判定をしたもので、
調査した樹木合計1381本のうち「存置340本、移植70本、伐採971本」と
しています。さらに伐採対象の内訳は、状態の悪いC~Dの樹木の伐採本数267本に対し、より良好な状態であるA~Bの樹木の伐採本数は704本とあります。驚くべきことに、状態が良いとされた樹木の方が2倍以上も多く伐採対象にされているのです。なぜこのようなことが起きたのか。その答えは316Pの以下の文言にあります。
「活力度A,Bの樹木のうち、建築計画と重ならない樹木については極力存置・移植により保存する計画である。」
つまり、伐採対象の可否は活力度によるのではなく、「建築計画と重なるかどうか」の1点にあることがわかります。
その樹木の歴史的価値や貴重度などには一切配慮がありません。
端的に言えば「建築の邪魔になる樹木は伐採する」という判断をしているのです。このような樹木を生き物としてみていない事務的な判断によって、
樹齢100年を超える木々を、1000本近く伐採するのは暴挙と言わざるを
えません。
創建の趣旨にかなうとは何か〜創建のシンボル18本の銀杏並木
この「建築計画に重なるという理由で伐採対象」にされた最たるものが、
ラグビー場東側港区道の18本の銀杏並木です。皆さん、ご存知でしょうか、この18本の銀杏は、4列の銀杏並木と同じ新宿御苑の銀杏の種から実生で
育てられ、「兄弟木」として外苑に植栽されたものです。神宮外苑の案内板には、その由来が書かれています。以下一部を紹介します。
「同じ時期に、同じ場所で育てられてきた、これら多くの兄弟木は世にも稀なる幸福な樹木と言えましょう。今後幾百年これらの兄弟木の銀杏は、
生長に生長を続けて老大成し、その偉大なる雄姿を発揮し、外苑々地と融合し、我々に見事な人工自然美を楽しませてくれることでしょう。
ーーー明治神宮外苑」
このように明治神宮外苑自らが言葉を尽くして称賛する18本の兄弟木ですが、環境評価では、いとも簡単に伐採対象とされ、また移植も難しいとしています。
では、樹木伐採の理由が「建築計画に重なる」というからには、どれだけ
変更不能で具体的な建築計画が決定しているかと思えば、3/24の環境アセス審議会でも、「銀杏並木と建築物の関係を具体的にモンタージュ図で提示せよ」という委員の指示に対して事業者からは「まだシュミレーション段階であり最終決定案ではないので、精密な予測資料はできない」 との、なんともいい加減な回答でした。
このようにあやふやな未確定の建築計画のために、多くの貴重な樹木を伐採する理不尽さは到底理解できません。
修正すべきはまだこれからいくらでも変更可能な建築計画の方ではないでしょうか。ラグビー場と球場の用地の入れ替えをせず、テニスクラブも現状そのままの場所で改修や建て替えをすれば、18本の兄弟木をはじめとする多くの樹木が救われるのです。
再開発計画の事業者の1者である明治神宮は沈黙したままですが、この世にも幸福な兄弟木の伐採という大いなる自己矛盾をどう考えているのでしょうか。都民、国民に対して説明すべきではないでしょうか。
小池都知事は「創建の趣旨にかなう」と述べ、計画を承認しましたが、
何を根拠にしているのでしょうか。
移植による保存は可能か?同じ過ちを繰り返してはならない〜国立競技場の樹木実態から
奥に見える森の緑と比較すると、移植樹の葉の黄変がわかる。
次に、都や事業者が計画地区の樹木について「可能な限り移植で保存」「むしろ新たな植樹で緑を増やす」と繰り返し述べています。
ずいぶん安直に移植をし、減った分は新たに植樹すれば保全したことになると言いたいようですが、果たしてそうでしょうか。
実は今回の移植や植樹の計画を検証するための格好のサンプルが、すぐ隣の国立競技場にあります。
先のオリンピック開催のために建て替えられた国立競技場の樹木です。
今年2月に提出された日本イコモス委員会の提言書資料によれば、
建設のために伐採された樹木は元あった1764本のうち、実に1545本です。そして、事業者であるJSCによれば移植した樹木は130本としています。(3/30東京新聞記事より引用、新植の本数は未確認)移植及び新植の時期については、JSC作成の工事記録の動画を追って見ると、工事の終盤である2019年6月下旬から7月だろうと思われます。(2019年7月天然記念木スダジイの移植)つまり現在の国立競技場の樹木は植えられてから約3年経過していることになります。
私は千駄ヶ谷の住人です。日頃国立競技場の木々を目にしていますが、今年になってその異変に気づきました。外苑門舗装広場の樹木のほぼ全てにピンクの帯の目印がつけられていたのです。
それらの樹木の木肌はボロボロに剥がれ、幹の芯まで腐っているものもあり、素人目にも傷みの激しさは明らかでした。
また千駄ヶ谷の正門にかけての人工地盤には「移植樹」の札がついた樹木が多数ありますが、本来なら緑であるはずの常緑樹の葉が黄変しており、
とても良好な状態には見えませんでした。春になり芽吹きの季節を迎えると樹木の異変はますます顕著になってきました。
このことは、3/30東京新聞記事で、現地確認した造園樹木学の第一人者である東京農大浜野周泰客員教授も、樹木の生態的な特性を理解しているとは言い難く、「国立競技場建て替えで移植した樹木は負のレガシーである」と
厳しく指摘しています。
また浜野教授の指摘を受け、競技場周辺の樹木の実態調査した、都市環境デザインの権威である中央大石川幹子教授によると「移植前の美しい樹形を生かした移植樹」と判断できたのは、天然記念木のスダジイを含むわずか3本でした。「狭い空間にところ狭しと詰め込まれており、森の生態系が再生されていない」と指摘しています。
4/2朝日新聞の記事では、神宮外苑の現地視察をした環境植栽学の専門家である藤井英二郎千葉大名誉教授も、移植、新植に関わらず競技場周辺の樹木に与えられたダメージは、はかり知れないと指摘しています。
移植にしろ植樹にしろ、人工地盤という樹木にとってきびしい条件の場所に、十分な調査もないまま、機械的に植えられた樹木は、ビル風、敷石の
照り返しなどの過酷な環境に耐えられず滅んでいきます。
「可能な限り移植で保存」「むしろ新たな植樹で緑を増やす」という回答がいかに欺瞞に満ちたものか、この樹木たちは身をもって犠牲となり、
移植計画の残酷さを証明しているのです。
藤井英二郎先生の視察については、同行する機会を得て、貴重なお話を伺うことができました。
都や事業者は一貫して現状の樹木の活力度を「樹木医」に診断させ、保存か伐採かの判断をすると言っていますが、それでは100年の年月を経て育まれた神宮外苑の保全にはならないということでした。
「神宮外苑の樹木は独立して存在するものでなく、創建時に互いに補完する関係にあるよう綿密に設計されて植えられたものである。よって、「樹木医」に1本1本を個別に診断させ、移植の可否を判断するのは適切ではない。
神宮外苑の植栽は外苑全体の空間を構成するもので、全体として保全すべきものであり、移植で解決できる問題ではない。」
先人の知恵と努力によって継承された100年の杜は、失われればもう二度ととり戻すことはできません。
その損失を一体誰が責任を取るというのでしょうか?
国立競技場建設時の同じ過ちを繰り返してはならないのです。
是非とも先に挙げたICOMOSの提言、また都市計画やランドスケープデザインの専門家、樹木研究の専門家の意見を取り入れた詳細な検証を行っていただきたいと思います。