神宮外苑再開発への意見〜⑧何を残し、育てていくかが問われる「景観の民主主義」
2022年4月15日。「神宮外苑地区市街地再開発事業」環境アセスメントに
対して「都民の意見を聴く会」が開かれました。
17人の公述人からは、この再開発計画に対し様々な角度の問題提起があり、「緑豊かな歴史ある景観を守るべきだ」と提案を含めた計画見直しを求める声が相次ぎました。どの意見も多様で知見に富んだ素晴らしいものでした。公述人の声を、多くの皆さんに知っていただきたいと思います。
以下に、
山下千佳さんの意見を紹介いたします。
情報開示もなく全体像もプロセスも見えない計画
「高層ビルの建設や樹木の伐採により歴史的景観を壊すことはやめてほしい」という思いで、公述人になりました。
新国立競技場建設当時、建築家の隈研吾氏は歴史的な景観に溶け込ませる
ため「高さを抑えることに最もこだわった」と話されていたのを記憶しています。結果は競技場の建て替えの際の建築制限の緩和により、民間ホテルや日本オリンピック委員会(JOC)が入居する高層ビルなどが建設され、
さらに今後は、オフィスや商業施設が入る高さ185メートル、190メートルのビルなどが地区の周辺に建設され、ラグビー場やホテルが併設される野球場は、いずれも国立競技場の高さを超えるとされています。
情報が開示されずに、計画の全体像がまったくつかめないような状態、
プロセスが見えないこの計画を見直してください。
市民を置き去りにする、名ばかりのスポーツクラスター
私は杉並区で生まれ、小中高は中野区の学校に通い、大学時代は新宿区で
過ごしました。当時でいえば国鉄・総武線に乗って一本で行かれる、信濃町や千駄ヶ谷駅、そこから歩いてすぐの明治神宮外苑、聖徳記念絵画館、
四季折々の絵画館前のいちょう並木は、都会の中にあって緑が多く、散歩やジョギングなどをしている人を見て、何かをするということがなくても
ゆったりと豊かな気持ちになれる場所です。
絵画館前の広場では「空は広いな、大きいな」とはしゃいだことを覚えています。親に連れられて、夏はプール、冬はアイススケートを楽しみ、友だちとは軟式野球やラクビーを観戦し、花火大会もたびたび行きました。球場の外でも聞こえてくる歓声に心が浮き立ちました。
今回の計画では「世界に誇れるスポーツクラスター(集積地)に生まれ変わる」とされ、再開発ではこうした軟式野球場、バッティングセンター、
ゴルフ練習場など気軽に親しまれてきた施設はなくなり、トッププレーヤーが使う野球場やラグビー場、会員制テニスコートなどが中心となり、
それではスポーツに触れ合う、市民が気軽に楽しむという性格が失われてしまいます。
ラクビーの聖地ともいわれる秩父宮ラクビー場は大きなスタジアムですが、選手との距離が近く、雨の日も雪の日も選手が全力で頑張る姿に感動します。子どもの成長にとっても本当の意味でのスポーツ振興の場として、
そのために使用料もできるだけ抑え、広くアマチュアスポーツに開放すべきです。また、スポーツ施設は専用であることが望ましく、どこもかしこも
コンサートなどのイベント会場としても使用することに疑問を感じます。 建設費・維持費が膨大にかかること自体が、次の世代に大きな負担と
なります。老朽化したところは改修して、より使い勝手が良い親しまれる
スポーツ施設にしてほしいです。
防災の観点から開発よりも公園面積を確保すべき
4月6日付の日本経済新聞に「防災機能の向上をはかる。都は神宮外苑を広域避難場所として指定している。国立競技場を含む大規模スポーツ施設や広場を一時避難場所として活用する。防災ヘリコプターなどの臨時の離着陸場所も確保する方針」と、スポーツ施設を帰宅困難者の一時滞在場所として確保する人数の表が具体的に掲載されていました。計算してみると2036年の再開発完了時には、約6000人を確保できるとしています。
来年は、関東大震災から100年になります。歴史書には「9月1日に地震が
おき、翌2日には内務省に臨時震災救護事務局が設けられ、陸軍の携帯用
天幕(テント)を借りて、明治神宮外苑内に収容人員1万人という大規模な天幕避難所が設置され、震災後3日を経過した9月4日から罹災者を収容する集団バラック(応急仮設住宅)建設を開始した。」とされています。
地震は頻発しています。熊本地震では波打つような特殊な揺れ「長周期パルス」は超高層ビルやマンションを一撃で破壊し、高層の建物は長周期振動
などでその場にとどまって避難生活ができず、逃げ出す状態と聞いています。大地震の危険性から言っても、なぜ開発を優先するのか、防災という
観点から、公園面積を確保すべきです。
国土交通省の調査によると一人当たりの公園面積は東京都23区の4.4平方メートルに対し、ニューヨーク一は8.6平方メートルです。
神宮外苑は貴重な空地でもあります。
何を残し、何を育てていくかが問われる「景観の民主主義」
新国立競技場建設の際に「私たちが何を残して、何を育てていくかが問われています。この国に『景観の民主主義』があり得るのでしょうか。100年前の先人たちが守り育てた都市の景観を引き継ぎ、これ以上の環境負荷を与えることなく、より市民に開かれた場所として、100年後の未来の子どもたちに残していくことが求められているのではないでしょうか。」と建築史家の松隈洋氏が書物に書かれていました。
日本建築士会連合会名誉会長で、今回の公述人のうち8名が所属する新建築家技術者集団の全国代表幹事の藤本昌也氏は「専門家に求められている役割は、いま生きている市民だけが市民ではないという前提のもと、地域を背景に歴史の中に生きてきた人や作り上げてきた人たちの思いをくみとりつつ、次世代の子孫にまで思いを馳せ、その上で各地域の市民が選択する豊かな市民生活像を描き出すことにあるのです。次世代につけや禍根を残すことに
なることは、絶対に避けなければならない。それを社会的責務として果たすのが専門家なのです。」と話されています。
私は建築の専門家ではありませんが、孫子の代まで誇れる環境を残すことは、市民として社会的責任と思っています。
私はヨーロッパの街並みが大好きです。エッフェル塔の周辺には高層の建物はなく、多くのひとが芝生でくつろいでいました。
ベルリンやミュンヘンのスタジアムは周辺も広々として、今でも市民に親しまれて使われています。ベルリンの樹木保護条例では、高さ1.3メートル、
幹の周囲が80センチ以上の森の松を全て保護し、伐採するときには、
その理由が厳しく問われるそうです。
明治神宮外苑は、100年の生態系を受け継ぎ、次の100年をめざす計画にしてください。景観はみんなの財産です。
以上で公述を終わります。ありがとうございました。