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宇宙から道路陥没を観測する方法

天地人は、2050年にも持続可能な地球環境を目指して活動するJAXA認定ベンチャーです。宇宙ビッグデータをWebGISサービス「天地人コンパス」で解析・可視化することで、まだ誰も気付いていない土地の価値や地球の資源を明らかにするサービスを提供しています。

『今日から使える宇宙豆知識 by JAXAベンチャー天地人』では、宇宙に関連するさまざまな最新情報を、天地人のエンジニア、研究者、ビジネスリーダーが一歩踏み込んで解説します。

埼玉県八潮市では、2025年1月28日に大規模な道路陥没が発生しました。陥没地点には、トラックと運転手の方が転落しており、1月31日現在、懸命な救助活動が続いています。
また、下水道・通信・ガス等のインフラへの影響により周辺住民の方々にも被害が発生しています。

国土交通省は、全国の自治体に対し下水道管に腐食などが起きていないか緊急点検をするよう指示し、職員の方々による目視点検が継続中です。
今回の道路陥没は、前兆もなく突然、道路に穴が開いた状況になったと言われています。今後、同様の事故を防ぐためには、道路陥没ができた原因を探るとともに対策を取っていくことが重要となります。

そこで本記事では、陥没の原因となる空洞を探査する方法や、宇宙からのリモートセンシング技術である「干渉SAR」を用いた陥没の観測方法について解説します。具体的には、陥没のメカニズムや陥没が引き起こす問題、空洞を探査する従来の方法、そして、人工衛星による干渉SARを用いた陥没観測の特徴やメリットについて詳しく解説していきます。


1.そもそも陥没はどのようにできるのか?

陥没穴が発生する原因は、地下空洞の崩壊によるものです。地下空洞の崩壊による陥没は、地下にある空洞や洞穴が崩壊することで発生します。

地下には水や岩盤の腐食によってできた空洞があります。自然生成と人口空洞の2種類の空洞があり、自然生成の例としては、鍾乳洞など自然に生成した空洞、水みち、パイピングなどがあります 。人口空洞の例としては、採石跡 ・ 防空壕や軍用トンネル ・ 盛土内排水管、下水や上水などの地下埋設管 、 トンネル工事による急速な土砂流出などがあります。それらの空洞は降雨や地下水の上昇により空洞の天井部分が順次崩落し、最終的に地表面近くまで空洞やゆるみが到達し、地面が陥没してしまいます。

出典:https://geo.iis.u-tokyo.ac.jp/wp-content/uploads/2019/11/568933105c54d3b74ad6752d3b77e9f9.pdf

2.陥没と漏水の関係

私たちの身近なところでは、道路の下にある水道管などの地下埋設物に起因する小規模な陥没が比較的頻繁に発生しています。国土交通省の資料によると、地震以外が原因となっている人口空洞による道路陥没事故は、年々減少傾向にあるものの、令和の現在でも年間で2,700件も発生しています。

(引用:https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/crd_sewerage_tk_000135.html)


原因別道路陥没件数の推移

地下埋設管などが老朽化すると、穴が開いたり、継ぎ目に隙間ができたりすることで、周囲の土砂が管内に吸い込まれ、その結果として管の周囲に空洞ができます。そして、空洞が大きくなると地盤が支えられなくなり、地上で陥没が起こります。日本の地下には、水道管だけでも地球11周分以上に相当する合計46万キロメートルが埋まっており、そのうち老朽化したものは全国で10万カ所以上あると言われているので、どこで陥没事故が起こっても不思議ではありません。

3.陥没で何が困るのか?

陥没穴が発生すると、地下の水道管が破損することがあります。このような状況では、地下水が漏れ出し、地盤が軟弱化して更なる陥没穴の発生を招くことがあります。また、地下水が地面に浸み出すことで、道路や歩道などに水たまりができ、陥没穴が発生する場所は、交通量が多い道路や歩道であることが多いため、通行の妨げになることがあります。さらに、陥没穴が発生する場所においては、地下の配管やケーブル類が破損することで、断線、断水、停電などの問題が起こることがあります。これらの問題によって、交通の混乱や経済的損失、住民生活の不便さなどが生じる可能性があります。

加えて、水道管の破損による断水や浸水被害が発生するだけでなく、下水道が詰まって排水が滞留することで、下水が逆流して家屋や道路などに浸水被害が発生する可能性があります。このような被害は、下水道の復旧まで長期間にわたって続く場合があり、非常に厄介な問題となります。

4.陥没の原因となる空洞の探査方法

陥没の原因となる空洞を探査するために、従来の方法として地中レーダーが用いられてきました。

一般的なレーダーは目標物に向けて電波を発射し、電波を発射してから反射波が戻って くるまでの往復時間電波照射方向から目標物の位置、また反射波の強さから目標物の形状や速度を知る装置です。雨や雲などを計測する気象レーダーや船舶や航空機の位置を検知する目的で多くのレーダー装置が利用されています。

地中レーダーは、電波を空中ではなく地面や構造物の輻射面を向けて発射し、内部からの反射波を計測(周波数毎の時間、強度、波形)することで埋設物の検知や内部構造物を計測する手法です。地中レーダーを用いて地下の空洞を探査することで、陥没の原因となる空洞を発見することができます。


地中レーダーと観測例

しかし、地中レーダーには限界があります。地中レーダーは、地下深くまでの探査が難しく、地下の水分や電気伝導度の違いによって、精度が低下する場合があります。

高度経済成長期に整備された公共インフラ(道路、トンネル、鉄道、港湾、空港、上下水道等)の多くが、設置後30年を経過し、老朽化への対応が国家的課題になっています。そのため、地中レーダー技術等の更なる活用、 新技術との複合により、インフラの効率的な維持管理・更新に向けたメンテナンス分野での利用拡大が求められています。

5.陥没の観測方法

地中レーダーを用いることにより、地下の空洞を事前に探査することで、事前に陥没へ対応することが可能となります。ただし、多くの地中レーダーが手押式であり、日本の地表面全てを地中レーダーで探査することは現実的ではありません。

そこで、航空機、ドローンを用いたレーザー測量技術や人工衛星を用いたリモートセンシング技術で、地下空洞ではなく地表面に発生している陥没を観測する方法があります。

航空機やドローンを用いたレーザー測量技術は、航空機等から発射されるレーザー光線を地面に照射し、反射光を受信することで地形を測量する技術です。


航空レーザ測量の計測イメージ

測量により、地面の正確な3Dモデルを構築することで、地表面の陥没を把握することができます。

航空機やドローンが飛行できる範囲で測量が可能なため、地中レーダーよりも広範囲に地面の陥没を把握することが可能です。

6.人工衛星リモートセンシングによる陥没の観測方法

それでは航空機・ドローンよりも広範囲に陥没を観測できる方法とは何でしょうか? ここでは、人工衛星を用いた陥没の観測方法を解説します。

陥没の観測に利用するセンサは、SAR(合成開口レーダ)です。対象物に対して電波を放射し、その反射波の強さや位相で対象物の状態を知ることができる能動型センサです。電波は雲を通過するため、昼夜問わず、また天候に左右されずに観測可能です。

地球観測衛星に搭載されるセンサについて、2023年3月31日のTenchijin Tech Blogで解説しています。合わせてご覧ください。

SAR画像は、白・灰色・黒のグレースケールで提供されます。放射される電波の周波数帯によってやや違いはありますが、地表面の粗さに応じて明るさ(白・灰色・黒)が異なる特徴があります。

下のSAR画像を見ると、建物が白っぽく、田畑が灰色っぽくうつっています。


SAR画像の例

しかし、SAR画像単体では、陥没の観測はできません。ここで使われるのが干渉SARという技術です。

干渉SARは、道路陥没以外にも、地盤沈下、構造物の変動、地すべりなどのモニタリング、地震・火山活動の評価等に使われています。

以降、干渉SARについて技術的な視点を交えた解説を記載していきます。

SARでは、電波を放射し反射波を観測します。その際に、波の特徴として「位相」も観測しています。干渉SARでは「位相」の変化が重要となります。

地表のある場所に対して、同じところを2回、SARで観測をします。これにより、2枚の「位相画像」が用意されます。1回目の観測と2回目の観測の間に、地殻変動が起こった場合、2枚の画像には位相の差(衛星と地表の間の距離の差)が生じます。
この画像を干渉させることで、2枚の画像の位相差を明らかにします。位相差を明らかにした画像のことを、干渉画像と呼び、位相差の有無を虹色で表現します。

より簡単に説明するならば、地殻変動で衛星と地表の間の距離が変わったところについて、距離が変わった部分をより強調して表示できる画像を取得できるのが、干渉SARという技術になります。


干渉SARのイメージ

通常の光学衛星は、太陽光からの反射を測定しており、太陽から放射される様々な波長の光を乱雑に含むため、位相の情報を得るのは困難です。SARは、衛星自身が電波を放射するため、衛星と地表面の間の反射波、その中でも特に重要な位相を測定することが可能です。
干渉SARではcmレベルでの地殻変動の測定が可能です。

実際に、地下トンネル工事で陥没事故が発生した場所の干渉SAR画像を見てみると、1.5cmの精度で、どの方向にどれだけの地殻変動があったかが示されています。


干渉SAR時系列解析の事例

人工衛星、具体的には干渉SARで陥没を観測するメリットは、以下のとおりです。

  • 広範囲にわたり観測が可能

  • 広範囲な観測にもかかわらず、数cm単位での地殻変動を捉えることが可能

  • 昼夜、天候を問わず観測が可能

  • 災害が発生したり、地形が険しい等で人が立ち入れないような場所でも観測が可能

一方で、干渉SARの解析で注意すべき点として、3点あります。

  • 大気や電離層の影響で誤った変動が観測されることがあるが、時系列解析を行うことで改善が期待できる。

  • 変動域が分解能の数倍程度より小さい場合や、液状化や盛り土などで地表の状態が変わって(変えて)しまった前後のデータ同士では位相が安定しないため変位が抽出できない。

  • 地下や陸域でない箇所(海、湖等)は、変動を捉えることができない。


まとめ

今回の記事では、埼玉県八潮市で発生した道路陥没に関連して、陥没の原因・影響についておさらいするとともに、陥没の観測方法として従来の地中レーダーや、航空機・ドローンによるレーザー測量技術、人工衛星を用いた観測(SAR)について紹介しました。
特に、人工衛星を用いた観測技術、SARは従来の地中レーダーとは異なり、より広範囲で観測でき、天候にも左右されない最先端の技術として現在活用されています。

なお、一般的にSAR/干渉SARは広い面積の変化や、比較的に長時間で進行する変化を捉えるのが得意なセンサーです。今回の八潮市では、比較的早いスピードで局所的な空洞が広がり、それが陥没に繋がっているため、SARでの予兆把握は困難な現象の可能性が高いと考えています。

今後、宇宙の技術を使った地面陥没の観測技術が発展していく未来に注目して行きたいと思います。

この記事は、過去の今日から使える宇宙豆知識記事を一部再構成して作成しました。

(記事作成:ビジネス開発インターン 寺田、執行役員/CEOオフィスマネージャー木村)

参考文献
https://geo.iis.u-tokyo.ac.jp/wp-content/uploads/2019/11/568933105c54d3b74ad6752d3b77e9f9.pdf
https://www.soumu.go.jp/main_content/000477175.pdf
http://www.jsece.or.jp/event/conf/abstract/2011/pdf/P-001.pdf
https://www.kkr.mlit.go.jp/plan/happyou/thesises/2021/ol9a8v000004bz8d-att/ino1-19.pdf
https://www.ajiko.co.jp/upload/2023/01/05/52_%E5%B9%B2%E6%B8%89SAR%E6%99%82%E7%B3%BB[…]%AE%E3%83%A2%E3%83%8B%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0.pdf
https://www.oyo.co.jp/bousai-gensai/001.html#:~:text=%E5%9F%8B%E8%A8%AD%E7%AE%A1%E3%81%AA%E3%81%A9%E3%81%8C%E8%80%81%E6%9C%BD,%E3%81%A7%E9%99%A5%E6%B2%A1%E3%81%8C%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

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