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成功しないスタートアップが陥る三重の罠 - 成長阻害要因の構造
「なぜこんな簡単なサービスが成功しないのだろう?」
スタートアップに携わる前から、この疑問が私の頭から離れることはありませんでした。
実際に参画したり、アドバイザーとして関わったりする中で、この疑問は徐々に顕在化していきました。
近年、日本のスタートアップシーンは活況を呈しています。
一見すると、「口の上手い経営者」が資金を集める事だけに成功しているように見えます。
当然こういった一面もあるため、常に注意は必要です。
経営者や経営層は、口をうまく動かす事にだけ特化した人が少なくありません。
DMM亀山会長がベンチャーブームに物申す「プレゼンがうまいだけの起業家が増えている」
https://globis.jp/article/6825/
最近は「ビジョン型」のスタートアップが資金を集めやすい傾向にあり、「口の上手い経営者」と「安易な投資判断をする投資家」の構造が問題なのではないか、と考えていました。
ところが、実際に複数のスタートアップに深く関わっていく中で、この認識が間違っていることに気づきます。
意外にも、経営者の中でも多くの社長は優れたバランス感覚を持ち、的確な判断を下せる人材が多々います。
では、なぜ失敗するのか。
その答えは、経営者の能力不足ではなく、経営層を含む現場社員の経験不足に根ざす根深い問題があります。
ここでは、単なる経験不足からくる根葉の問題ではなく、根幹にまつわる構造的な課題について解説します。
経営者たちの意外な実力
意外かもしれませんが、多くのスタートアップ経営者は、比較的優れたバランス感覚を持っています。
市場を読み、成長戦略を立て、投資家との関係も上手く構築できています。
経営資源の配分も概ね適切で、短期的な利益と長期的なビジョンとのバランスを保ちながら、事業を進めています。
これらの能力が備わっているからこそ、資金調達に成功し、会社を維持させる事ができるのです。
少なくとも経営者レベルでは、多くの企業が想像以上に上手く回っていることが多いです。
しかし、社長以外の経営層と、それ以下の社員に目を向けると問題が顕著に現れます。
社長以外の経営層
社長以外の経営層は、自ら企業を立ち上げたわけではなく、社長や上層部に取り入って参画した人物が少なくありません。
このようなタイプの人々の多くは、大企業など、すでに「厳格なルール」や「全体の方針」が確立された環境で働いていた人が多いです。
そのため、自分でルールを作り出したり、全体感を伴う方針を決定したりする機会がなく、主体的にルールや方針を設定することに不慣れな傾向があります。
他にも、本来知っているべき業界や企業の知識、戦略的判断力が欠けていることが多く、その結果、的確な意思決定を行えないケースが目立ちます。
社長のイメージを的確に現場に反映出来なかったり、逆に、現場からの意見を的確にまとめて形に出来なかったりと、組織全体に大きな影響を与え、企業の成長を阻害する要因となるのです。
見えてきた三つの本質的な課題
では、なぜ組織が躓いてしまうのか。
問題の多くは現場レベルで発生しています。
採用の段階で、実際には経験不足の社員を多く採用してしまい、そこから三つの重大な課題が浮かび上がってきます。
1. 経験不足がもたらす誤った判断
まず一つ目は、端的に言えば経験不足による判断ミスです。
単純に「経験値が足りない」という表面的な問題ではなく、深いところにある本質的な課題です。
例えば、以下のような問題が生じることがあります。
問題の根幹を理解できず、表面的な解釈にとどまってしまう
プロジェクトの進むべき方向性を見誤り、持続性のない方向へ突き進む
取り返しのつかない負債を無意識のうちに積み上げ、後々大きな問題となるリスクを見過ごしてしまう
重要なタスクの優先順位を適切に判断できず、結果的に効率を損なう
これらの問題は、単なる個々の能力不足に起因するのではなく、経験を通して得られる判断力や洞察力が十分に蓄積されていないために、組織全体やプロジェクトに影響を及ぼす問題だと言えるでしょう。
経験の浅さが、結果的に広範囲な誤判断を生みやすくする構造になっているのです。
ちなみに、経験不足な人ほど社会全体の歴史を十分に理解していないことが多いため、参考にするものがないと思いがちです。自分の経験範囲が狭い場合、広い視点を持つことが難しくなる傾向があります。
2. 無謬性という見えない壁
二つ目の問題は、経験不足と密接に結びつく「無謬性」の壁です。
簡単に言えば、「自分達は間違えていない」という思い込みです。
自信を持って取り組む姿勢自体は重要ですが、経験が不足している状況では、その自信は過剰でしかなく、次のような問題を引き起こすことがあります。
明らかに失敗している状況でも、「問題ない」と納得させ、失敗を理解出来ずに正当化してしまう
本質的だが小さな問題を軽視し、後に大きな問題に発展するまで先送りにしてしまう
チーム内での率直な意見交換がしづらくなり、本質的な問題が表面化しない
経営層への報告が実態と乖離していくため、組織全体の意思決定に悪影響を及ぼす
特に厄介なのは、最後の「経営層への報告が実態と乖離している」という点です。
これにより、実際に問題を引き起こしている人やチームが、誤った評価を受け続けることがあり、問題がさらに深刻化してしまう可能性があるのです。
経営層が正しい情報をもとに判断できない状況は、組織全体に大きなリスクを内在した状態にします。
3. 致命的な視座の低さ
そして三つ目が、最も根本的な問題である「視座の低さ」です。
これは単なる経験不足以上に深刻で、次のような形で現れてきます。
会社全体の経営戦略と、自分の担当業務の関連性を理解できず、局所的な視点にとどまっている
環境や競合の動向を考慮せず、狭い範囲で意思決定を行ってしまう
短期的な成果や自己の業務効率のみを重視し、長期的な視点を見失う
顧客や取引先との関係性を、全体的なビジネスの流れとしてではなく、目先の取引に限定して捉えてしまう
イノベーションや改善を起こすべき領域が見えていないため、無価値な改修を行なってしまう
視座の低さは、経験不足とは異なる次元の問題で、組織全体の方向性を見誤らせる原因になります。
この問題が深刻化すると、以下のような影響が現れることがあります。
経営陣が示す大きなビジョンや戦略と、現場での行動が一致しない
リソースが適切に配分されず、非効率な運用が続いてしまう
現場が問題にする内容のレイヤーが低すぎて、本質的な問題定義が行われない
組織全体の成長を阻害するような意思決定が行われ、長期的な発展が見込めなくなる
視座の低さが引き起こす問題は、組織の根幹に関わるため、時には業績に直接的な悪影響を与えることもあり、非常に危険です。
絶対に避けたい揺り戻し
スタートアップ企業の社員が場当たり仕事で済む期間は、社員が少ない間だけであり、意外とこの期間は短いです。
早めに組織の動き方を決めておかないと、人が増えたときにいつまで経っても対応できず、無駄に二転三転する羽目になります。
本来したい事と、真逆の方向に動き出してしまうと、お金も時間も精神的苦痛も伴う「揺り戻し」が必要になるため、注意が必要です。
解決への複合的アプローチ
これら三重の課題に対しては、複合的なアプローチが必要です。
即効性のある対策
外部メンターの活用
「失敗してもいい」という文化の醸成
定期的な経営層からの見直し
小規模な実験的プロジェクトの推進
部門横断プロジェクトへの参加
視座を高めるための具体策
経営会議への若手社員のオブザーバー参加
他社とのビジネス交流
経営層との定期的な対話セッション
市場分析や競合調査への主体的な参加機会の創出
顧客との直接的な対話機会の増加
中長期的な施策
体系的な社員教育プログラムの確立
部門を超えた人材ローテーション
ナレッジ共有の仕組み作り
成功・失敗事例の組織的な蓄積
新しい組織の形へ
スタートアップ企業に必要なのは、場当たり作業をしてきた社員を上手く誘導できる、経験豊富な人材であり、これを融合した「ハイブリッド型」の組織体制が求められます。
単なる業務遂行能力が得意な人間だけでなく、広い視野と高い視座を持った人材を重用することがとても重要になります。
企業の成長において、重要なポジションに適切な人材を配置することは非常に重要です。
間違った人材を重用してしまい、その結果として取り返しのつかない事態に陥る企業は少なくありません。
もし組織が誤った方向に進んでいることに気付いた場合は、これまでの方針を主導してきた人物の判断を客観的に見直し、同時に異なる視点や新しいアプローチを提案する社員の意見にも耳を傾けることが重要です。
最終的に、組織の持続的な成長のためには、現場の一人一人が自分の役割を組織全体の文脈の中で理解し、主体的に考えて行動できるようになることが重要です。
特にスタートアップにおいては、この要素が持続的な会社になるための重要な鍵となるでしょう。
残念な事に、誤って進み続けた課題の解決には時間がかかります。
経営者の優れたビジョンと、現場の確かな判断、そして全員の高い視座が揃ったとき、スタートアップは真の成長軌道に乗ることができるはずです。