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不登校時代(両親に土下座)単位制高校への転校*最後の転校*
こうして、女子校の高校を転校することになった。
しかし、転校する学校を決める際に家族で沢山、話をした。
私の両親は体裁を気にする。
私の親戚は皆、体裁を気にする親族だ。
その為、次の高校も世間一般でいう、普通の高校(全日制)の高校に転校しなさいと言われた。
しかし、私の体、精神は限界だった。
もう誰とも話したくない。
人が怖い。
人と関わらずに生きていきたい。
ずっと独りで良いから、もう誰も私を傷つけないで。
という気持ちで一杯だった。
だから全日制の高校に行って、人と関わって、普通に生きていくのは無理だと自分では分かっていた。
両親は、これまで自分の我儘を聞いてくれていたことも分かってはいた。
だが、自分の限界を知り、もう全日制高校ではやっていけないことも自分では分かっていた為、単位制高校に転校したい旨を懇願しようと決意した。
家族会議で全日制の高校に進学しなさい。
と言われた時、
私はテーブルを立った。
そして床に正座し、頭を下げた。
「お願いします。単位制高校に転校させて下さい。もう普通に生きていく事に疲れました。私には出来ません。お願いします。」
暫く沈黙が続いた後、父が口を開いた。
「分かった。単位制高校に転校していい。ただ、言っておく。後で必ず後悔する時がくるからな。その覚悟があるのなら、認める。」
私は
「覚悟します。お願いします。」
と伝えた。
母は最後まで全日制高校に転校させたい。猛反対していたが、父が
「この状態なら無理だろう。」
と言ってくれたおかげで単位制高校への転校が決まった。
単位制高校の入学試験は思ったより簡単なものだった。
所謂、BF(ボーダーフリー)の試験といった感じである。
小論文と面接のみ。
難なく合格した。
そして、入学の日。
今でも忘れられない言葉を校長からかけられた。
「今まで長旅お疲れ様。大変だったね。ここは誰も、あなたを傷つけたりしない。ゆっくり勉強していくと良いよ。」
私はその場で泣いてしまった。
私が苦しんできた長旅を分かってくれる人が居る。これまでの辛い高校生活を思い出して泣いてしまった。
こうして、単位制高校での新しい生活がスタートした。
単位制からだろうか、校則はほぼない。
髪色も自由、制服もない。
私は制服が嫌いだった。制服を着ると学校に行かなくてはならない気がして辛かったから。
入学のオリエンテーションの為、教室に入ると、皆、携帯を見て誰とも話していない。静かだった。
少し安堵した。
この高校にはスクールカーストとかグループのような概念がないのだな。
と思ったからだ。
こうして単位制高校での生活が始まった。
授業は大学と同じように必修科目はあるが、好きに選び、学ぶというもの。
私には合っていた。
1人で授業を受け、帰る日々。
相変わらずメンタルクリニックには通っていたが、状態は少しずつ良くなっていったように思う。
こうして私はこの高校を卒業まで在籍することができた。
これで、とりあえず、高校を放浪した投稿は終了です。
単位制高校に在籍中、どのような生活をしていたのかは、また別に投稿しようと思います。
結果的には大学に進学できました。
単位制高校生の勉強、生活について投稿しようと考えています。
ご拝読ありがとうございました。