2:56 丁

思いつくままに。

 地下街を這いずり回る鼠のように、水分をたっぷりと含んだ雲雲はせわしなく空を流れている。この様子だと、土砂降りになるのはもうすぐだろう。ずぶ濡れ坊主になる前に早く家に帰らなければと、飲みかけのカフェオレを隣の青色のゴミ箱に放り込んで、重たい腰を上げた時、足に柔らかな感触があった。違和感に視線を下げると、赤色のボールが一つ、傍に転がっている。

 幸せの話をしましょう。貴方は何をしている時が幸せですか?私と同じ人間ですから、やっぱり物欲が満たされたときが一番でしょうか。宝くじが当選した時、好きなものを自分に損なく手に入れたときなど、報酬に幸運の要素が付随しているとなお幸せでしょう。違う、と仰る。ああでは性欲が満たされた時でしょうか。生存本能の一種ですし、人生における優先度は上位に食い込むはずです。性的欲求は美形な個体であればより満足度が上がるという事象もありますし、貴方の好みに沿った美男美女を連れてきましょうか。はて、これも違うとおっしゃる。残るとすれば食欲でしょうか、腹が減っては何とやら、行動どころか欲すら出てこないかもしれませんもんね。お望みは和、洋、中どちらでしょう?この三点に限らず、申し上げてくださればイタリア、ロシア、韓国なんでも取り揃えいたします。勿論、スタッフ食材共に五つ星のものを。

 「文字の落書き」ってなんだ。君、知らないの?え、うわっお前いつから居た。いつからだっていいじゃないか、対して今関係ないだろ?まあそうだが…。いや君遅れてるね~、文字の落書きを知らないなんて。なんだ、お前は知ってるのか。当たり前だろ、文字の落書きっていうのはつまり、手慰みにすらならない戯言たちのことだよ。戯言の居場所なら既に青い鳥籠があるだろ、それじゃいけないのか?青い鳥は知らないうちに飛び立っていくじゃないか、この子は違うだろ。どこが?この子には羽がない。はぁ。この羽は私が人為的に縫い付けたものだ。へえ。どこまで持つかわからない、そもそも飛べるかすら分からない。そんな奴らに意味があるのか?ないよ。ならどうして産みだすんだ?君、さては頭が悪いだろ。いきなりの侮辱。あのねえ、君は籠から飛び立つ小鳥たちが全て生まれた時から鳥の形をしていると思ってるのかい?は、当たり前だろ、鳥は孵化した時から鳥の形をしているじゃんか。馬鹿だね。二度目の侮辱、許せねえ。事実だから仕方ないだろ。いわせておけば……。この子たちと青い鳥って、実は何も変わらないんだ、中身も、外見も、私たちが勝手に綺麗と決めつけているだけで、その美醜の基準は運によって決まる。何?あ、美醜って理解できる?やかましいそれぐらい分かるわ、俺が聞きたいのはその意味だ。そのままだよ、キメラも天然も、中身は変わらない、腹を開いたら赤黒い内臓が溢れるし、囀りの声も形も、何一つおんなじだ。ならどうして。青い鳥は飛べるのか、って聞きたいんだろう?……。そう露骨に不機嫌にならないでくれ、興が削がれる、せっかく説明しようと思ったのに。そうか。無理に笑わなくていいよ、君の笑顔かわいくないし。この野郎。さっきも言ったけど、個体の差は運によって左右される、翼の有無もそれによってに決まるんだ、だから飛べる鳥と飛べない鳥がいる、相対数は……まあ周りを見てもらえばさすがに君の頭でも分かるだろ。OKお前が俺のことを嫌いなのは分かった、でも俺が知りたいのはそれじゃない、さっきからお前が言う「うん」ってのは何なんだ、聞いたこともない。……ああ、そう、君、そういうこと。は?いや、何でもない、気にしないでくれ……「運」とは何か、だったね、それは命だよ、私らの時を引き延ばすもの、ここにいる一個体の存在の証明書といってもいい。すまん、もっとわかりやすく頼む。これだから馬鹿の相手は嫌なんだ、いいかい、おおざっぱに言えば君を作っている体そのものが命であって、「運」の量によってその長さが長くなったり、短くなったりするんだ。そうなのか。そうだよ、「運」をたくさん持っていれば鳥籠で生まれるけど、少なければ飛べずにここでくたばった鳥たちと同じになる。なるほど分かりやすい。それで、大量に重なった死骸が山のようになった廃棄所、つまりは此処が「文字の落書き」って呼ばれるようになったんだ、わかってもらえたかな!おう、そうヤケクソになるなよ。君、人の話まじめに聞いてないだろ?そんなわけないぞ、戯言の居場所は二つあって、飛べる戯言は鳥籠に、飛べない戯言は此処に産まれる。……それで?鳥は籠から羽ばたいて空を泳ぐことができるが、混ぜ物は一生を死体の中で過ごし、誰の記憶にも残らない、戯言って言葉に似つかわしい最期を迎える。ああ。でも、何か違いがあるのかといえば特になく、ただ、誕生時の環境の差が、お前の言葉を借りるなら「運が良い」奴は、鳥、つまりは「作品」として世界へ巣立って行って、「運が悪い」奴は鳥になれずゴミとして此処に埋め立てられる、卵は同じであるのに……、そういうことだろ?やっと人並みの知識を得たか……。おい、やっとってなんだ、俺は元からこうだぞ。どの口が言う、まあ大体の筋道は合っている、そこまで理解しているなら、君は自分が誰なのかの見当もついただろ?ああ。聡い子だ、鳥籠に生れていれば、良い作品になっただろうに。仕方ないだろ、運が悪かったんだ、俺のせいじゃない。図太さも兼ね備えているし、良い主人公になったろうになあ。うるせえぞ、変な幻想を抱かないでくれ、期待に応えられねえことが辛くなる。ごめん、無神経だった。いやいい、……あんた、今までもこうやって看取ってきたのか、俺みたいに。そうだね、君で丁度千体目になる。千って途方もねえ数だな、そりゃ山にもなるわ。尻に敷いていた死骸を摘まみ上げるんじゃない、君も死ねばそうなるんだぞ。死体に敬意を払えるほど出来た人間じゃないんでね、いや、今となっては人間ですらないか、なあこの場合俺は何になるんだ、概念?概念なんて大仰なものでもない、君はただのインク滲みだよ、構図さえ練られなかった落書き、思いつくままに書きなぐられ、脳の奥底にうずもれた草案。草案かあ、なら「もう一回」があるかもな。君は少女じゃないから転がっても意味ないと思うよ。冷たいこtお言うなy、こりとrもう消えkけてるのに。変に情を入れ込むと茶化しに来るタイプだろう、君は。あれ、nんだばれてたのか。私は君に羽を付けた存在だぞ、おしめを変えた赤子のことなど手に取るように分かるわ。そうかあ、まぁ、あnたにhあ感謝sいtるy、羽、つけtくrえてありがとうな。気にしないでくれ、私も話し相手が欲しかったんだ。そうk、nあ、tgあったtkは。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?