Encounter 149

今日も今日とて夜中の落書きをお届けしよう。

といっても、本来の創作の落書きではなく夢日記に近い形式の文章、つまりはエッセイである。できたてほやほやノンフィクション。誰も興味がなくとも、書きたいから書くのだ。つまらない個人の日常を読まされて、リンクを踏んだことを後悔しながら帰ってほしい。また、以下の文章にはネタバレは避けた映画「hello world」の感想が含まれているので、未鑑賞の方はそっとブラウザを閉じてほしい。今このノートを見て映画の存在を知った方は、何も言わず何も調べずフライヤーも見ないままチケットを買って映画館へ見に行ってほしい。ノー知識で殴られてくれ。


今日やったこと。メギド72のガブリエル戦をアンドラス一人に頑張ってもらい、石を120個割ながらもなんとかやっつけた。タイトルの由来は彼との戦闘曲から拝借している。メギド72のおすすめ要素の一つとして、高品質なゲームミュージックが巷では取り挙げられるのだが、その事実を裏付けるような名曲だった。音楽の方に気を取られてしまってバトルに集中できないソシャゲ、メギド72。今ならなんとこの一曲を含めたサウンドトラックが公式HPにて無料配布されている。ゲームはちょっと……と尻込みしている方、まずは音楽から触れてみてはいかがだろうか。ホワイトデーのトンチキソング、「俺らイケメン」もYouTubeでトンチキPVと共に楽しめるぞ!Google検索に「おれら」と打ち込むと一番最初のサジェストに出てくるほどの大人気ソングだ。狂気に飲まれたリピーターが続出。今すぐ君も狂おう!すぐトべるようにリンク張っておくね。https://www.youtube.com/watch?v=gGUTS01thcY

今日やったこと二つ目。映画を見に行った。脚本家で気になっていた、期待とはずれの予感半々ぐらいのタイムリープ青春恋愛ものだった。タイムリープで青春と聞くと、「時をかける少女」や「君の名は。」を思い浮かべる方が多いのではないかと踏んでいるのだが、見に行った「hello world」はそんな王道ではなかった。いや、ストーリーの筋道はまあ大きくくくれば王道なのだけれど、例に挙げた二つの作品に対してあまりにも難解で、かつこれを青春と銘打っていいのか……?と思うほど、あれなのだ。脚本がすごい。毒気も見え隠れする。絶対に野崎まどは新海誠にはなれない。彼の書く影もトリックの仕掛け方も一般受けしないものだ、でもそこが好き。賛否両論に観客のえり好みがぴっちり分かれる作品だろうなと思った。割合としては2:8ぐらい。SF矛盾警察にぶち叩かれそうだなとも。まあSFはほかのジャンルに比べて特に穴が見つかりやすいお話であるので、多少のズレはフィクションだからな……と流している。おかげでストレスフリーで鑑賞することができた。映画の撮り方としては単調、ブツ切れ、謎のフィルター掛けと不満が多いけれど、それもまた全てストーリーの伏線として回収されたので、というかストーリーに性癖で殴り殺されて黙ってしまったので、総評としては大満足である。でもやっぱり野崎まど作品、映像化に向いてない、と思う。映画を見てあわなかった方々は、黙って既刊「KNOW」を読め。「バビロン」はやめとけ。

さて。

ここまで現実の話を書いてきたが、閑話休題、ここからは昨日の夢日記に関連する、小説でいうなら後日談的ポジションにあたる事柄を書いていこうと思う。嘘だ。続編である。例に漏れず、莫大感情を吐き散らかして特に進歩があるわけでもない独り言だ、嫌な予感がした方はここで逃げてくれ。人間の感情が大好きな好奇心旺盛なものだけここに残ろう。



準備できた?


GO


ノートを始めようとしたきっかけは二つあった。一つは、主目的の通り、「文字の矯正場所」として発信する場が欲しかったからだ。日々のメモのように湧き出てくる短文や小話を書き記しておく場所が欲しかった。かといってカクヨムやなろうに一度に投稿する量はないし、フォレストやタンブラーのように自分でブログを開拓することは面倒。それらのさーにすに比べ、ノートは手軽に更新でき、難しいレイアウト設定もない。ずぼらな自分にはぴったりだと思った。事実今のところ三日も続いている。半日坊主だった今までの様子からすれば、大きな進歩だ。

もう一つは、まあ、「ある人へ向ける言葉の置き場」が欲しかった。ツイッターのような整理したえりすぐりの短文ではなく、生々しい感触を持った答えのない感情を記録しておく場として。いつまで続くかわからないけれど、とにかく、この気持ちが続くまでは書いていようと思った。その人のブログに対する反応、というか短い葉書を送るような、そんな感じである。葉書にしちゃ長いなァなんて野暮なことは言っちゃいけない。

そんなわけで、このノートは上ブログ、下特定葉書として運用していこうと思っている。創作の方はマガジンでまとめるので安心してほしい。お見苦しいものは見せませんよ。今見せてるけど。

本題。

新しくアカウントを作ると聞いて、この人はやっぱりぶれないのだな、と思った。最近は以前より描くことが増えていたから、徐々に回復しているのは知っていたけれど。またあの場所に戻ったら、もうブログは更新されなくなるのかな。恐らくあれを見ることも薄まるんだろうな。それは良いことだけれど、同時に寂しいな、とも、思ってしまった。あまりに身勝手な考えだ。いよいよ取り返しがつかなくなっている気配がする。空を見上げる機会が増えたことも、自分が原因であればいいと思った。木星から始まって、紫、水色、茜色、鈍色、昨日の真っ青と、カラフルな景色をカメラに収めている時、自分はその隣に存在していたりするのだろうか。そうであればいい。思考がちょっとでもいいから乗り移って、彼女にずっと残ればいい。自分は情緒的なものが好きで、だからこそあの人もシャッターを切っている、わかっている、わかっているけど、この願いが届きますように。いつまでも習慣として、わがままを言うなら好みとして残りますように。

あの人が書く文章は、感性が柔らかくて、読んでいる時、とても心地がいい。なぜだろう。すぅっと何の抵抗もなく、頭の中に景色を、色を、匂いを感じられるから、とても好きだ。秋に差し掛かるころの、地面の熱で冷やされたパイプから汲み上げられる水道水に似ている。気が付くと何時までも読んでいるので、最近は休憩の合間や、移動時間に読むようにしていたり。

顔も生活も分からないからこそ好きなのかもしれないと思うときはややあって、思い直すに恐らくそれは半分当たっている。自分には良くも悪くも、空想癖があるから、美化している部分も多々ある。悪癖である。あの人は何故か本人が出会ったらマイナス評価になると思われているようだが、自分はむしろ逆で、会いたいけれど、その人に些細な所作や発言で傷つけてしまったり、幻滅されるのが怖くて、会うことを夢想はするけれど……フェードアウトする。会いたい気持ちはあるのだ、本当に、でも怖い、怖いんだな~~嫌われるのが。

だからやっぱり、こういった文面上でのやりとりを数少なく交わすだけが正しくて、今のできる限りの最善策なのだ。未来は分からないけれど、とにかく、今は、それでいい。数え始めてまだすれ違いの会話をするようになって一か月も経つかどうかなのだから、無理に進もうと無茶すると、この心地よい関係は一瞬で崩れるだろう、自分の性格上の問題を理解しているので、断言出来る。誰も幸せにならない。

でもそうだな、もしこの関係が長く続いて、あの人の理解者になれるほど、聡く優しくなれたら。きちんと対面でお話しできるような関係にまでなったなら。その頃は電脳九龍城も入場可能になっているだろうし、向こうへ遊びに行けるほどのお金も稼げるようになっているだろう。どうしよう、写真の格好で来られたら。「いつの話ですか」って私が苦笑いしたら、あの人は笑ってひとつ前のページを表示して差し出してきそうだ。私はそれを見せられて転げまわるし、あのメールの有無もついでに聞いてしまって、彼の人が少し自慢げな顔で差し出してくるから、やっぱり私は土に埋まるんだろう。幻覚の話だ。現実は一方的な感情を向けているである。

でも彼女には一つ聞きたいことがあって、まあ一日に複数回覗かれていることは薄々感づいていたのだけれど、夢占いのことは意味を分かって問うてきたのだろうか。気になる。検索したらもっと気になった。故意的だとしても、無意識だとしても、その問いは人を狂わせるよ……。


P.S

カラオケであの曲を検索するときは「クーロン」で出てきたはずです、確か。入れるところがなくなってしまったので追記で失礼します。ねえ今0:30から書き始めて2:00って正気?

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