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月と太陽は恋してる 1

「アイドル」

それは英語の「idol」に由来しており、その語源はギリシャ語の「エイドーロン」となる。

もともと、意味は「実体のない形」で、転じて「神の偶像」も指す。

 現代の日本では、「I'm doll.」と考え、

偶像は自分の想う偶像でいるべきと指す人もいる。


 アイドルは本当に偶像になることを望んでるのか?


本日、乃木坂46は幕張メッセにて、リアルミーグリ&グリートの真っ最中。

坂道グループの専属ドライバーである白井志郎は車内でIQOSを吸いながらアイドルについて思考していた。

 「暇だ。マネさんに言われたように見に行けばよかった」

IQOSを吸いながら、帰りの時間帯まで待機している。

朝、送ってから近くのパチンコ店で時間を潰していたが、つまらなくなり、戻ってきた。

かれこれ車の中で2時間ほどたっており、ようやく、会場からミーグリ終わりのファンが、出てきている姿が見えた。


 そろそろ、電話くるかな

 

志郎がそう思っていると同時に、メロディアスなギター着信音が志郎の胸ポケットから鳴り出す。

胸ポケットから面倒そうにスマートフォンを取り出し、IQOSのスティックを灰皿に捨てながら着信キーをスライドした。

 「はい。しら…」

  「ねぇ~え。今、終わったから準備しておいてぇぇ」


志郎の声を遮るように明るく、元気な声が聞こえる。

 

 「岡本さん、やかましいっ」

志郎はうんざりしつつも笑いながら文句を言うが、ミーグリ終わりの岡本姫奈には聞こえず、明るい声が聞こえてくる

 「ちょー、楽しかったぁ!また、すぐにでもやりたい~」

 「話は車の中で聞きますよ。直帰メンバーは誰ですか?」

 「えっ~と、アルノとテレサと、後は和かな。あとの5期生はマネさんと同じバスだよ~~」

 「4人とも、自宅ですか?」

 「あ、私は事務所でお願いします」

姫奈とは違う声がリアルタイムで聞こえてきた。どうやら、スピーカーにしているようだ。

 「井上さん、わかりました」

「それではお待ちしています」と言いながら電話を切ると同時に乗っているハイエースワゴンの扉が開かれる。

 「白さん、お疲れ様です。」

落ち着いた声で挨拶しながら乗り込んできたのは4期生の遠藤さくらであった。

 「あれ、今日はこちらでした?」

今回のミーグリー参加メンバーは32名、

スタッフも入れると40名近くになるため、送迎車は4台あり、乗る車・バスもあらかじめ、決まっている。

志郎の本日の担当は直帰の5期生であり、4期生は別の送迎車となる。

 「タバコくさい」

さくらは、普段から呼んでいるあだ名で志郎を呼びながら扉を閉めると同時に志郎に車内に充満したタバコの匂いについて伝える。

 「やべっ」

 「マネさんには黙っておいてください」

志郎は慌てて運転席から座席のほうにファブリースを持って振り返ると目の前には整ったさくらの顔が、艶やかな唇が眼に入り、自身の唇に柔らかい感触が残る。

 「・・・どうしたんですか?」

志郎は動じず、優しい眼差しでキスをしてきたさくらに問いかける。

 「白さん、足りない」

さくらは、そう呟くと志郎の頬に両手を添えて、再び、志郎の唇に自分の唇を重ねた。

 

 何度も…何度も…重ねる。

 二人だけの世界。


 「もう、いいかな?さくちゃん」

5分ほど経ったか、いつの間にかドアが開いており、二人の前にたっていた賀喜遥香が、さくらに話しかける。


 「かっきー、来るの早いよ」

 「そんなことないよ、5期ちゃんたちももう来るよ」


さくらは、名残惜しそうに志郎からはなれていく。

 

 「リアルミーグリで、あれだけ告白されたりすると、私も熱に当てられちゃった」


 「わかる。だけど、我慢しよ?」

さくらの隣に座りながら、遥香は運転席の後ろにおいてあったパチンコの景品からお菓子を出して貪るように食べる。

 「私は、お腹空いちゃってしかたないや」 


志郎は二人の行動に頭をかきながら、いつもの二人を見つめる。

 「…二人ともほどほどにね」


  「白さん、何できてくれなかったんですか」

運転席に戻った志郎にさくらは少しふてくされたように問いかけた。


 「んー、マネさんにも言われたけど、パチンコに行きたかったからね」

 「サイテーだ」

志郎の回答に遥香は怒ったように答えるがお菓子を食べる手は止まらない。

 「その恩恵を受けてるやつが言うんじゃない」

 「へへっ」

笑いながらも食べてる遥香と、残念そうな顔をしているさくらを見ながら、アイドルという偶像から解き放たれた二人をみて、少し安心する志郎であった。


 「あー、お疲れ様ですぅ。さくらさん、遥香さん」


遥香がポテトチップスの大袋を食べ終わるころ、元気一杯に花束をこれでもかと抱え込んでいる姫奈がやってきた。

その後ろで苦虫をかみ殺したような顔をした中西アルノと疲れた顔の井上和、ふらふらの池田瑛紗が続いてくる。


 「何かあったんですか?中西さん?」

 「ふんっ」

 「しょうがないじゃん。アルノ。事実なんだし」

 「和まで!?ひどいっ」


志郎の問いに、答えず、ふてくされたアルノにたいし、冷静に突っ込む和。笑い声が聞こえる辺り、いつものことなのだろう。


 「テレビの収録と同じように尻餅ついたんですか?」

 「ちがう💢」


乃木坂46の事務所に向かって車が走り出した。

車内では、侍の格好をした集団が、アルノと瑛紗のミーグリーに現れた話で盛り上がっていた。


 「あの集団、四人組で櫻坂46にも現れてるんだって」

 「へぇー。誰情報??」

 「いとちゃーんじょーほー」

興奮が収まらない姫奈と冷静な和が武士の集団について語りあっていた。色々とどんくさいことを4人に散々ネタにされたアルノは、怒りすぎてお腹空いたのか、瑛紗と一緒に夕飯なに食べるか話をしているようだ。


 「そろそろ、事務所に着きますよ、降りるのは井上さんだけですか?遠藤さん、賀喜さんはどうしますか?」


運転しながら、バックミラー越しにみんなに話しかける志郎。


 「私たちも直帰でお願いしまーす」


遥香が答え、さくらはバックミラーを見つめながら頷きかえすのであった。


ほどなく、事務所の駐車場に着き、和を見送ると、

志郎は5人に話しかける。


 「で、どこ行くんだ?」

5人とも、にんまりしながら、「いつもの~」」と言うのであった。

あれから、20分ほど車を走らせ、目的地に到着した。

IQOSを吸いながら、和がいるときとは違い、態度が変わる志郎にさくらは笑いながら伝える。

 「名字で呼ばれるとこそばゆいよ」

 「仕方ないだろ、仕事なんだから。」

 「わかってないなぁ。あ、わざと?」

志郎の回答に遥香が、頬を膨らませ、答える。

 「勘弁してよ。」

志郎はあるビルの駐車場に入り、車をとめた。

 「俺はしがない、雇われドライバーだよ」」

志郎は「早く降りてください」といいながら、メンバー5人を降ろす。


「二人は、二階ですか?」

二階を見上げながら二人に話しかける。


遥香はうなずき、さくらはそっと志郎に近づき、右手にルームキーを渡す。

 「…部屋借りたから日付変わる頃着て」

さくらはそう伝えると志郎の返事を待たず、

遥香と二階に上がっていった。


その様子を物欲しそうな眼で見つめる姫奈に気づいた二人は両サイドの腕をそれぞれ手に取る。

 「さぁ、肉だっ。肉食べよう!白井さん、今日はありがとー」

瑛紗は一階の食堂からただよってくる料理の匂いで覚醒したのか、年長者らしく二人をひっぱっていった。

対照的に最後までこちらを睨んでいたアルノを見て、頭をかく。


彼女たちはもがきながらも誰かの太陽になろうとする、日本が誇るグループ「乃木坂46」のメンバー。

職業「アイドル」


太陽が沈み、月がそっと現れる。月が自身の光で輝く。

それは、彼女たちが、アイドルから一人の女性として解き放たれたことを祝福しているように見えた。


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