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月と太陽は恋してる 6
壊れた安いプライドを拾い集め
偽るようにこの手をかざして
自己嫌悪といこうか
けたましく鳴るアラームとマネージャーからの着信音。
いつもの寝坊だが、今日は大事な仕事がある。
しくった。
朝から取りだめしてるアニメなんか
みるんやなった。
急ぎ、支度を終わらせた小坂菜緖は玄関の扉を開け、駐車場に停めてある車に乗り込んだ。
「お待たせ、六花さん」
「10分遅刻。でも、朝ごはん食べる余裕もまだある」
車の後部座席に乗りながら運転席にいる半年前から担当となったマネージャーに挨拶をする。当初、男性ということもあり、菜緖は人見知りと警戒心をMAXにして避けていたが、今や一番信頼出来るマネージャーである。
「朝ごはん食べるなら、愛萌のおすすめしてるお店行かへん?」
「OK。菜緖さん、場所わかりますか?」
六花と呼ばれた男性はナビを入れ、ハンドルを切る。
「愛萌さんのおすすめのお店なら純喫茶店ですかね?」
「ううん。ゴリゴリの居酒屋やねん」
菜緖の回答になんとも言えない顔をした六花の表情にしてやったりとにんまり顔をしてみせる。
「仕事前ですよ?わかってます?」
「そんなんわかっとるよ」
「なら、なぜ居酒屋?しかも、朝から開いてる……」
「ちゃうんよ。なんか、来月まで朝のみ営業で、朝食メインなんやって」
バックミラー越しに六花をみる。
無駄にイケメンやのに、
心配症なんてなんなん
誠実でメンバーファーストなイケメンに骨抜きな菜緖。他のメンバーが見たらなんと言うか。
ナビの到着音声に、菜緖は窓から店を探す。
目的地の店は看板がないことも愛萌から聞いている。ビルの一階、引き戸のそばに営業中の看板。車は傍のパーキングエリアに停め、六花が扉を開けた。
「菜緖さん、念のため、こちらを」
サングラスを渡してくる六花。笑顔で受け取り、店前まで談笑しながら歩く。朝から珍しくテンションが上がった菜緖は一つ、愛萌から言われた注意点を忘れていた。
店の扉を開けようと手をだすが、店内から扉が開き、二人の前に一人の女性が現れる。
菜緖は黒のワンピースに黒のジャケットを着た女性の胸元を観察する。
むぅ、大きい、そしてこれは形もいい。
好ちゃんと同レベル♪
菜緖は女性の胸元を観察することを趣味にしている。胸元をじっくり観察したあと、顔を見つめる。
どこかで見たことある顔だな。
それにしても色っぽい。
愛萌とまた、違う色気。
菜緖が観察をする時間およそ1秒。恐るべき早業を披露している状態のなか、女性は豪快に笑いながら振り返っていた。
「だははっ、海里さん今日も【早朝】からありがとうございました。気分よくお仕事行けそうです。日向坂に浮気はダメですよ」
「馬鹿言ってないで早よ行け。
遅刻するぞ、姫奈」
「はーい。また、来ますね」
姫奈は手を振りながら菜緖に気づき、会釈をしてすれ違う。香水の香りがふわりと残り、菜緖はドキリとする。
前言撤回。愛萌と違う。
あの色気は男女関係なく、堕とす。
あの若さで恐るべしっっ。
「二人でいいかい?お客さん」
菜緖は声をかけられ、意識を戻し、声をする方へ向く。
「はい。テーブル席ありますか?」
菜緖の希望に、海里はテーブルを拭き、二人のほうへ向いて、声を詰まらせる。菜緖はこちら二人を凝視している海里の顔を見てぎょっとして、愛萌の注意点を思い出す。海里の風貌が怖すぎることを。
眉なし、オールバック。
しかも、アッシュグレー。
ヤバい。忘れてた~。
菜緖より20cmほど高い六花は菜緖の頭越しから海里の風貌を見た瞬間、菜緖の前に身体を出し、庇う形をとった。
「初対面の女性に威圧ですか?」
「誰だ?おまえ」
六花はメンバーファーストゆえ、若干、暴走することがある。菜緖は愛萌から『海里さんに会わせると六花さん暴走するかもね~』と言われたことを思い出し、あわててにらみあう二人の間に今度は菜緖が割って入る。
「六花さん、店長さんの顔に驚いただけや。ほら、見てみ。この眉なし、ヤクザ顔やん」
「おい、誰がヤクザ顔だ」
菜緖の言葉に思わずつっこむ海里。
六花は軽蔑した笑みを浮かべる。その笑みを見た海里は反射的に声を荒げ、メンチを切る。その顔を見て、六花は無意識にメンチを切り返していた。
「もー、最悪や。ごはんどころやないわ」
菜緖はそう言葉を発し、踵を返した。
「ほら、早よ行くで。六花さん」
六花に声をかけ、待たずに歩きだす。
六花は慌てて、後を追い、海里は一人取り残される形となった。
無言で調理場に返り、塩の入った壺を持ち出し、玄関に撒き散らす。
「くそがぁぁ」
辺りに聞こえるぐらい大声で叫ぶ海里。
叫んで落ち着いたのか、扉の前で煙草吸う。
紫煙が立ちあがるなか、ただ、昔の懐かしさを感じていた。
「……もう閉店?」
煙草を吸い終わる直前、目の前に二人の人影が現れる。海里はその人影を見て前を向いた。
金髪で俺よりでかい奴と
人懐こい笑顔で俺よりチビ
「でかくて悪かったね」
「心の声につっこむな」
憮然とした表情をした藤吉夏鈴とツボったのか笑いが止まらない森田ひかるが海里の前に立っていた。
二人はカウンターに座り、各々注文し、二人は静かで出汁の匂いがするどこか実家の朝を思い出される雰囲気にホッと一息着く。アイドルからただ一人の女性に戻れるここの店に感謝した。
ほどなくして、夏鈴の前にはガレットとコーヒー、ひかるの前には柔らかく煮たゴボ天うどんと嬉野茶が置かれた。
「ガレットはハムと卵、グリュイエールチーズを使用。夏鈴の要望通り、コーヒーは深煎りでコクを強めてる」
「ありがと」
夏鈴は、コーヒーの風味豊かな香りを楽しみながらブラックチョコレートのようなほろ苦くコク深い味わいを楽しみながら、ガレットを口に運ぶ。
隣では髪を抑えながらうどんをすすり、ご満悦のひかるがいた。
小さくとも、
同い年とは思えないくらい綺麗。
朝、静かに過ごしたい夏鈴は決まってこの海月に来店するようにしている。今日は目の保養になるひかる付き。
夏鈴の視線に気づいたのかひかるはうどんを食べるのをやめる。
「欲しいの?夏鈴ちゃん」
うどんを一口サイズに切って夏鈴の前に持っていく。
「あーんして?早く」
うどんがほしくなったと勘違いしたひかるの行動に顔を真っ赤にしながら後が引けない夏鈴は大人しく、口を開け、うどんをいれてもらう。
「ひかもガレット欲しい」
夏鈴にそう伝え、あーんと口を開くひかる。
「もぅ。わかったよ」
一口サイズに切り分け、ひかるの口に運び、ひかるは満足した子供の笑顔のように夏鈴に微笑んだ。
「朝からよくやるよ」
海里はひかるが狙ってやった行動に毒気を抜かれ、菜緖と六花に会ったことを忘れ、二人の行動を見守っていた。