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月と太陽は恋してる 8
激動にこの身焦がして激情に駆られ
涙が嘆きと共に牙を立てろ
日向坂46が番組収録で来ているスタジオに到着した志郎は乗せていた三人を下ろすべく、
後部座席の扉を開けた。
「ありがとうございます」
【海月】で待ち合わせていた森田ひかると藤吉夏鈴、途中、自宅マンションから合流した谷口愛季の三名である。
夏鈴は愛季にだる絡みをしながらゆっくりとスタジオに向かう。それをみてひかるはこっそり聞こえない声量で志郎に声かけた。
「今日はさくちゃんの相手しなくていいんですか?」
「いつも一緒にいるわけじゃないよ。それに今日はこの後、山下さんの送迎して、その後、迎えに来るから」
「YouTube企画のラーメン巡りですね、わかりました。帰りもこの三人ですか?」
「そう、その後、事務所近くのスタジオでレッスンだけど、その前にどこかで食べたいんだろ?」
「助かります!」
ひかるの要望に答えるべく、志郎は探しておくと伝え、送り出した。
ひかるは小走りに夏鈴に追いつき、困った顔をしながら見つめてくる愛季に気づく。
「そろそろ離してあげたら?夏鈴ちゃん」
「んー、愛季が離すなって言うからね、仕方なく」
「言ってませーん。いい匂いするって言っただけですぅ」
夏鈴に首根っこを抱きしめられながら歩く愛季は夏鈴を上目遣いで見ながら抗議するが夏鈴にとって逆効果となっている。
「でも、もうスタジオの入口だよ」
「仕方ない……」
夏鈴は名残惜しそうに愛季を離してひかるに確認する。
「アニバーサリーの取材と撮影のあと、レッスンだよね?」
「うん。そうだよ。お昼はレッスン前に志郎さん、連れていってくれるって」
「ご飯、外で食べれるんですか??」
「お弁当も美味しいけど、外で食べるのもいいよね」
愛季のバンザイのリアクションと声にスタジオ入口にいたスタッフがびっくりする。
「今日、マネさんいないから落ち着いてね、愛季」
ひかるの注意でビクッとする愛季。
「すいません。そういえば、今日から臨時のマネージャーさん来るんですよね?」
「アニバーサリー終わるまでは忙しいからね」
移動しながら楽屋の前に到着、荷物を置いて取材の準備をしながらスタッフさん達も合流し、撮影に向けて進められていく。
ひかるは撮影前にトイレに向かう。途中、背の高い整った顔だちのイケメンや、仕事できるサラリーマンといった男性が三名ほど立っており、どれもが心配そうに楽屋を見つめていた。楽屋には日向坂46二期生様とあった。
ひかるは不振に思いながらもその近くにあるトイレに行き、個室に入ると、隣から必死に抑えてはいるが漏れだしている矯声が聞こえた。
ひかるはびっくりするものの覚えのある二人の声で、にんまりと笑顔が見える。
個室から出て、隣のドアをノックする。反応はないが矯声は継続に聞こえており、ひかるはドアの向こう側で楽しんでいる二人を呼んでみた。
「菜緖チャーン、美玖チャーンとお楽しみ中?」
ひかるの声に反応したのか数秒後、美玖の獣のような喘ぎ声が響きわたった。
直後、扉があき、スッキリした表情の菜緖と目が虚ろで顔が真っ赤に紅潮している美玖が出てきたのであった。
「ひかちゃん、久しぶりやね」
「お互い大変な時期だからね。今日は撮影?」
菜緖は美玖の手を握りながらひかるとのおもわぬ会合に気分を良くしていたが、トイレ前で待っていた六花と女性マネージャー、キャプテンの佐々木久美の姿を見た瞬間、無表情に切り替わり、ひかるの目をみて、早口に話し始めた。
「森田さん、会ったことないから紹介するわ。新しいマネージャーの西尾六花さんとチーフマネージャーの毒島麗さん」
「はじめまして。櫻坂46の森田ひかるです」
何かを話そうとした久美よりも菜緖の意図を理解したひかるが二人に挨拶する。
「ご丁寧にありがとうございます。西尾六花です」
「毒島麗よ。櫻坂46は撮影前に他の坂道メンバーと話すほど余裕あるのね」
毒島はひかるに笑顔で挨拶するがひかるをみる目は敵意むき出しだった。
「森田さん、小坂と金村、二人と収録の話をしなきゃいけないから邪魔しないで部屋に戻ってもらっていいかな」
久美はあからさまな言葉をひかるに投げかけ、二人に向き合った。
「美玖が体調壊しているので別室で休ませてください。六花さんお願いできますか。私も付き添うので」
菜緖は久美を遮り、六花に声をかけ、その場を離れようとして、久美を通りすぎる瞬間、ひかるにも聞こえる声で伝えた。
「久美さん、毒島さんの指導通り、今日の収録もほどよく黙って、一期生を引き立てますから、朝礼は大丈夫です」
久美が菜緖の肩を掴もうとするが、ひかるがいること、そして、菜緖のそばには六花が久美見下ろしていたこともあり、手を引っ込めた。
ひかるは菜緖達が去った瞬間、ゾクッとする空気を感じとり、久美と毒島に向けて挨拶をし、足早に立ち去った。
立ち去るひかるをみて、毒島は久美に話しかける。
「危険ね。櫻坂46は蹴落とす敵よ。わかってる?」
久美の頬を撫でながら、妖艶な笑みを浮かべ、ささやいた。
久美は焦点の合わない目をして、頷くだけで、
目の前で揺れている毒島のイヤリングが妖しく揺れていた。
「待って下さい。菜緖さんっ!」
六花は前を無言で走る美玖と繋いでいる逆の手を掴み、二人を止める。
菜緖は美玖と六花の心配する目を交互に見て、深呼吸を行い、二人に話しかけた。
「六花さん、ごめん。車の中で話すわ」
六花は車をとりに離れていった際、菜緖は美玖に向き合い、謝罪した。
「美玖もごめんなぁ。八つ当たりで無茶してもうた」
美玖は無言で首を横に降り、優しくキスをして、微笑んだ。
「菜緖にならいいよ。ひかちゃんにばれて恥ずかしかったけど」
菜緖も美玖に微笑みを返し、決意したことを伝える。
「美玖、もとに戻せるなら他の坂道さんたちまきこんでもやるわ。手伝うてくれる?」
美玖は勢いよく頷き、二人は青空広がる空を見上げた。