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イベント用の短編集

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記事一覧

【短編小説(純文学)】落蝉 9000字

[HL:見知らぬ男を家に連れて帰る。ただその死にゆくのを見るために]  大正11年の夏。  茹だるように暑く、中天へと登る太陽を追い立てるように熊蝉がワシャワシャと鳴き続けている。 「今日も地獄の窯の口が開いたみてぇだ。勘弁してもらいてぇよ畜生め」  手代の吉三の少々下品な悪態は生まれの悪さもあるし、駿河屋の教育不足にもあるだろう。俺が何も言わぬことに不満を覚えたようで、不機嫌そうな臭いが漂う。なにせ焼け尽くすような猛暑だ。昨日の夕刊では東京でも華氏96度を超えたとあったか

【試行】140字でAIと戦ってみる。

テーマ:AIに僕は勝てるのか。文章版。人はとは言わない。 注意書き。 「Thinking Time」は深夜にだらだら連ねたどうでもいい駄文をまとめたり謎の企画をやってみようなシリーズで、僕の頭に浮かんだことですから根拠とかは有りませんし、おおよそは妄言です。それに多くが結論があるわけでもない投げっぱなしです。また、テーマにかかわらず政治的主張や何かの陣営に与することを意図するものでは全くなく、そう解釈される場合は僕が歴史上の事実(思想ではない)をそのように認識しているだけか

【短編小説(純文学)】クリスマスキャロルの聞こえそうな夜 6000字

[HL:クリスマスイブの日、数年前に死んだはずの高見から呼び出された] 灯火物語杯に参加させていただきます~。順番的には食レポの会の連載日ですが、土日なのでスキップします。  竹佐允彦はみぞれ雪が降る中、傘もささずに雑踏を足早に歩いていた。その肩口に一瞬積もる雪はすぐに溶け、允彦が払う前にその豪奢なコートに冷たい染みを生んでいた。そして姿が消えても允彦の体に冷たさを退席させる。  允彦の口から洩れる舌打ちは、白い煙になって背後に流れて消え去る。  目を落とした細い金縁の

【短編小説(サスペンス?)】犯人がこの中にいるかどうかはどうでもいい 6000字

[HL:迷探偵が現れれば死体ができるという機序] 灯火物語杯に参加いたしますー。よろしくお願いします。 「犯人はこの中にいるッ!」  花見沢璃央は勢いよくそう告げて狭い室内を見回した。といっても私の他にいるのは一組の夫婦だけで、彼らはゴクリと喉をならす。私も慌てて左右を見回し、こんな胡散臭い行動をしたんじゃ逆に犯人と思われないかといつも気が気じゃなくなる。  ここは高天山脈にある小さなコテージ集落、いわゆる別荘地で、現在は大雪と倒木で外界と閉ざされ、既に何人もの人間が殺され

【短編小説(ホラー)】クネヒト・ループレヒト 9000字

[HL:クリスマスは毎年親戚で雪山のコテージに集まって祝う。けれども今年は] 灯火様はじめまして。灯火物語杯に参加させていただきます。 イブのコテージ  冷たく深々と降り積もる雪と真っ暗な闇。それが窓ガラスの奥に広がっている。  けれどその窓枠はキラキラとしたベルや白い綿、モミの緑色の葉で飾られ、このログハウスの内側は暖炉の明るい光でオレンジ色に輝いていた。音に乗せて真っ黒い炭をチリチリと白く染めながら、煌煌と赤い炎を生み出し続けている。BGMはさっきからずっとクリスマス

【短編小説】スクエア・スピリッツ #秋ピリカ お題「紙」 1200字

「蒼、別になんてことない。ただのお使いのお願いだ」  薫が器用に風船を折っている。元々の紙は3センチ四方だった。それが立体に膨れ上がり目の前に山と積もれば、なんてことないの範疇は既に超えている。元々手先は器用だった。その僅かに震える指先を折りたたんだ紙の上に何度も往復させて折り目をつける。性格が現れたように立方体は四角四面だ。  押し詰まった空気から逃げ出すように窓に手をかければ強い風が吹き込み、はくはくとようやく息をつく。まるで水面に浮かぶ酸欠の金魚のようだ。 「ああ。飛ん

お題「夜からの手紙」

「メールは一件です。読み上げますか」 「お願い」 「本日も0時をお知らせします。明け方まで大雨、洪水、暴風警報が発令されています。不要不急の外出はお控え下さい。日の出までに台風は太平洋に抜け、明日は晴れやかな一日となるでしょう。明日は山の日。神津市各所では様々なイベントが……」  窓の外を除けば、美しい星空が広がっていた。広大な天の川銀河も、この高地では肉眼でよく見える。俺はあと1年、出張で家に帰れない。データ収集のサンプルに昔作った夜という名のAIは、今も深夜0時にその日の

お題「バンドを組む残像」

企画参加させていただきます。  お題「バンドを組む残像」 「次はお前」  促されてクリックすると、バンド映像が流れた。プレスリーかと思うほどのオーバーアクションでギターを振り回す姿に俺の心はダメージを負った。今日は黒歴史を披露する悪趣味な会。 「あれ? これ俺?」  ゲラゲラ笑う友人が突然固まり、画面中央を横切る華麗なムーンウォークを指差す。友人の顔も火を吹く。 「ヒューかっこいい〜」 「何でこんなのが入るんだよ!」 「何でって、バンドやりたいって言ったのお前じゃん」 「

お題「残り物には懺悔がある」

企画参加させていただきます。  お題「残り物には懺悔がある」 「ゥ恨み晴らサでェ……おくべキヵあ……」  冷蔵庫の奥で見つけた見覚えのないタッパを開けば、悪意を煮凝ったような禍々しい黒い何かが鎮座していた。  待て。冷蔵庫にあるということはこれは食べ物だ、食べ物だよな。なんで食べ物が喋るんだよ。 「百年の恨みィ……」  その声には確かに怨嗟を放っていた。待って、何で恨まれてるの。冷蔵庫に放置したから? いつから。物も百年経てば妖に転じるという。いや百年前の物が冷蔵庫に入っ

お題「ときめきビザ」

企画参加させていただきます。 お題「ときめきビザ」 「そろそろときめきビザの失効時期だよな」 「ときめきビザ?」  課長の声に鸚鵡返しをした。 「何でもない!」  予想外の拒絶に驚いた。俺もこの入管で十年は働いている。異星間交流が始まってからビザ取得要件は厳格になった。何せ文化の違う外宇宙との交流だ、お互い齟齬がないよう要件は厳格に定められている。俺が知らないビザがあるはずがない。けど課長は声を顰めた。葦に語りかける王様のように。 「お前昇進試験受けるんだってな。機密だが

お題「ヒトがいなくて怖いとヒトがいて恐い」

企画参加させていただきます。 お題「ヒトがいなくて怖いとヒトがいて恐い」 元ネタ:黒夢(クロム)@俳号様  目が覚めたけど、夜だと思った。真っ暗だったからだ。それでもなにか変だなと思ったのは、その横たわる布団の感触に違和感があったからだ。ふわふわと柔らかい。けど、いつも寝ている布団と少し違ったのだろうか。いつも寝ていた布団? その言葉に混乱を覚える。  それから妙に空気が乾いていたからかもしれない。  不審に思って体を起こせば頭がくらくらして耳鳴りがした。  耳鳴り?  

お題「モンブラン失言」

企画参加させていただきます。 お題「モンブラン失言」 「モンブランって高いよな」 「本当ですよね」  近所のカフェを思い浮かべた呟きに、隣の斎藤がため息をついた。 「お。わかる? でも言えない雰囲気じゃんね」 「完全に同意です」  斎藤は金持ちでいけ好かなかったが親近感が湧く。 「今度彼女と一緒に行くことになってさ」  確か860円だった。ドリンクも頼まないとだし、その金で牛丼が何杯食えるのか。 「後輩と一緒に行く約束しちゃったんですよね。奢らないとだし本当は嫌なのに」

お題「黒幕甲子園」

企画参加させていただきます。はじめまして~。 お題「黒幕甲子園」 「忌々しい」  目の前の草場章は腐れ縁で商売敵だ。今年は私の方が儲けが少ない。だから余計イラつく。 「お互い様だ」  そう鼻で笑う姿はいつ見てもいけ好かない。ここは甲子園の地下会議室で、錆びついたパイプ椅子に座ればギィと錆びた音が鳴る。 「最終戦。恵んでほしいか?」 「馬鹿言わないで」  草場はにやにやと見下すように言う。  小さなモニタに試合の開始が告げられる。  私は東日本、草場は西日本の甲子園予選の裏

お題「ひと夏の人間離れ」

企画参加させていただきます。 お題「ひと夏の人間離れ」 「俺は人間をやめるぞ!」  そう叫んで家を飛び出した弟を、家族は誰も心配しなかった。何年か前の夏も同じように叫んで飛び出し、その時は雪男になるんだといって夏山でサバイバル生活をしていた。弟は夏、特に猛暑の夏には時折発狂して暗黒面に堕ちるようで、半月ほど行方を晦ます。そんな異常にもいつしか家族は慣れていた。弟は外からはそう見えないが、何もなくても半月ほど生き抜くことが容易なほどには、サバイバル慣れしてタフだった。 「お