僕の#残したい沖縄について考えてみる。
最近僕のTwitterのタイムラインでよく見るハッシュタグ「#残したい沖縄」
RBCのチャレンジ企画で新しい時代にあなたが「#残したい沖縄」を募集するというもの。 これがかなり盛り上がっていて、皆それぞれ#残したい沖縄について語っている。
「#残したい沖縄」
綺麗な海、うちなーぐち、食堂、沖縄の芸能や文化、沖縄戦の記憶、6月になくなる牧志公設市場など皆が残したい沖縄は様々だ。
「じゃあ僕が残したい沖縄って何だろう?」と考えた時、真っ先に思い浮かんだのが両親の生まれ故郷であり、祖父母の住む伊良部島だった。
宮古島の北西約5kmにある人口およそ5000人ほどの小さな島、伊良部島。
4年前までは宮古島からフェリーに乗らないと行くことができなかったが、2015年1月に宮古島と伊良部島を結ぶ伊良部大橋が開通したことで、今では自由に行き来できるようになった。
海の状況に左右されず、いつでも宮古島にアクセスできる。大きい病院はなく、高校に行くにも海を渡らないといけない伊良部島の島民にとっては医療や教育の面でとても大きなメリットだ。
ただ、橋の開通により伊良部島のリゾート地化が急激に進み始めた。
十数年前からずっと続く沖縄移住ブーム。最近ではその波が離島にも来ているらしく、宮古島の家賃も高騰しているらしい。
最近結婚した従兄弟から話を聞くと「家賃が軒並み上がって今の稼ぎでは2人で部屋を借りられない。だから実家で暮らしている」とのこと。
確かに僕が島に行く度に開発され、新しいショッピング施設が立ち、宮古島を取り巻く環境はここ十数年で大きく変わりつつあることは感じていた。
そこへ伊良部大橋の開通だ。
手付かずの自然が残る伊良部島はリゾート業界から注目され、今国際的なリゾート地に変貌を遂げようとしている。
それに伴い、綺麗だったビーチは汚くなり、観光客などの外からの人間が急激に増え、島の人の暮らしに影響が出ているらしい。
もちろん、リゾートホテルが建つことで雇用が生まれるし、土地を売って潤ってる人がいる話も耳にする。
間違いなく恩恵を受けてる人間はいるわけで、簡単にその功罪を語ることはできない。
だが、リゾート地として画一化され「らしさ」を失い、外の人間にただ消費されていくのを見ると、何とも切ない気持ちになる。
今では2年に1度行けるかどうかだが、子供の頃は毎年夏休みに伊良部島の祖父母の家に行っていた。
そんな子供の頃の記憶で今でも鮮明に残っているのが母に手を引かれ行った渡口の浜。
当時はまだ手付かずだった渡口の浜は白くて綺麗な砂浜と海がどこまでも広がっていた。神奈川から沖縄に引っ越してきた最初の夏に行った渡口の浜。
そのあまりの美しさに「まるで日本じゃないみたい!」と感動したことを今でも覚えている。
そして、それをまるで我が事のように自慢していた母も。
しかし、2年前に訪れた時には、もうあの頃の綺麗な渡口の浜はなかった。
周りには飲食店と設備が整い、利用者に優しい海岸になった。しかし、それと同時に砂浜の至る所にゴミが散らばり、砂浜は以前の美しさを失っていた。
もちろん内地や他のビーチに比べたら十分綺麗だが、あの頃の渡口の浜はもうない。
観光客に来るなと言っているわけじゃない。沖縄が観光業で栄えてきたのは間違いない事実なのだから。
ただ、それでも何故最低限のマナーが守れない人がこんなにも多いのだろうと怒りを感じた。
これだけならまだいい。
最近では海側の土地がどんどんと買収されているらしい。ホテルからすぐ行けるプライベートビーチとして、きっと売り出していくんだろう。そうなったら、その海にはもうホテルの利用者しか入ることはできない。
伊良部島の人間なのに伊良部の海に入れない、なんてそんな未来がもしかしたら来てしまうのだろうか。
以前は「自然を守りましょう!」と開発を反対している人達を見て「大事なのは分かるけど、便利になるならそれもそれで良いじゃないか」と思っていた。
ただ、ジブンゴトになって改めて思う。
「何もない島だけど、海は綺麗で昔はここで魚や貝なんかをいっぱい取ったよ」
そう楽しそうに語っていた父や母の伊良部島は思い出の中だけのものになってしまうのが、たまらなく悲しい。
残して欲しいだけなんだ。綺麗な海を、自然を、島を、暮らしを。
島民ではない、外から見てる人間の勝手な考えかもしれないが、それでも両親が愛した綺麗な島を、自然を、暮らしを残してほしいというのは我が儘なのだろうか。