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駒落ちの話③「右利きか左利きか(中編)」

「そうか、この下手は左利きだったか」
このセリフを残したズルい上手が、同じ下手と六枚落ちで再戦したとします。
 下手は9筋攻略法を炸裂させて快勝しましたので、内心で、
「ズルい上手? へんっ! そんなの、関係ねーぜっ!」
と叫んでいることでしょう。


上手、本気を出した図

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 上手、本気を出した図は、42玉と指しただけの局面です。

「これのどこが本気だよ?」
と、思った方……。
 これからその答えをじっくり解説しますね。


上手、本気を出した図からの指し手
76歩 72金 66角 82銀 96歩 74歩 95歩 73金 94歩 同歩 同香(定跡通り図)

定跡通り図

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 下手の方も、少し手順が長いですが、ここまではもう問題ありませんね?
 角道を開いて66角と出て、端歩を伸ばして94歩と仕掛けたところまでです。
 前話で解説した通り、94歩と仕掛ける手で、97香などと力を貯めるのは84歩と突かれて失敗します(やはり失敗図)。

やはり失敗図

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 やはり失敗図からは、98飛 83金と進みますが、93の地点の利きが足りていませんので、これでは端は破れません。


定跡通り図からの指し手
84金 98飛 95歩 84角(下手、狙い炸裂図)

下手狙い炸裂図

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 下手は84角と狙いの角切りを実行し、定跡通りに事を運びます。
「しめたっ! もう端が破れるのは確定だし、この勝負もらった!」
と、内心でほくそ笑んでいることでしょう。

 実際、狙いが炸裂していて、上手は端を守りようがありません。


下手狙い炸裂図からの指し手
84同歩 95飛 74歩 93香成 同銀 同飛成(下手成功?図)

下手成功?図

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「飛車が成ってしかも金銀を手持ちにしてるっ! あとは上手玉に襲い掛かれば楽勝でしょ♪」
と、下手はご満悦でしょうか?
 言っていることは間違っていませんし、狙いが炸裂した成功図のはずですから、下手が楽勝だと思うのも無理はありません。

 しかし……。
 ズルい上手はここでニヤリと笑みを浮かべます。
 まるで、下手の思惑を全て承知しているかのように……。


下手成功?図からの指し手
45角(上手反撃に出た図)

上手反撃に出た図

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「へへっ! 今更反撃したって遅いよ。こっちはもう飛車を成り込んでるんだからな。まあ、でも、67に馬を作られるとちょっと嫌そうだから、そこだけは受けておくか」
下手は手堅く指す方針を選ぶようですね。
 まあ、それはそれでありですが、果たしてそこから旨く勝ち切ることが出来るでしょうか?


上手反撃に出た図からの指し手
78銀 27角成 82竜 33玉 71竜 32金(あれっ? と、下手が思った図)

あれっ? と、下手が思った図

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「おりゃっ! 王手だっ!」
「……、……」
「お次は金取りだっ!」
「フフっ……」
「だけど、おかしいな? ここからどうやって勝ったら良いのかな?」
「……、……」
下手は王手や金取りの厳しい手(?)を繰り出し、上手玉を追い詰めているつもりです。
 前話ではこの調子で完勝ペースでしたから、自身の指し手が間違っているとなんてつゆほども思っていません。

 しかし、上手は心中でこう思っています。
「クククっ、悪いが、この下手じゃ俺には勝てねえっ! 出直してきなっ!」
と……。

 上手が何故そんなに余裕をかましていられるのかと言うと、それは、あれっ? と、下手が思った図で、下手がすぐに勝ち切るのが難しいからなんです。
 試しに筋っぽく41銀と攻めてみても(お試し図)、42金と逃げられ、以下、52銀成(銀取り&金取り) 32金 41成銀 22銀 31金 同銀 同成銀 42金で(上手が巧みに誤魔化した図)、上手の軟体動物のような玉を下手は捕えきれません。

お試し図

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上手が巧みに誤魔化した図

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 上手が巧みに誤魔化した図は、実際にはまだまだ難しいです。
 下手がこれから奇跡の追い上げを見せる可能性も皆無ではありません。

 ですが、上手の玉は、たとえ下手の竜に追いまくられても上部に逃げることが可能なんです。
 24と44の地点に脱出口があり、下手の銀の持駒だけではその両方を塞ぐことが出来ません。
 しかも、上手には金の持駒が加わっていますので、これからはそれを受けに使われるかもしれませんので、色々な可能性の中から正解を導き出すのが相当難しい局面になっていたりします。

 つまり、下手は何処かで間違えたのです。
 厳しい手を続けていたように思っていたのですが……。


再掲、あれっ? と、下手が思った図

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 あれっ? と、下手が思った図の上手玉は、実は六枚落ちにおける理想の玉形だったりします。
 前述した通り、24と44の脱出口がありますし、金銀の連結が良く、簡単には下手の攻めが通らないのです。
 下手の持駒は金銀歩二ですが、歩は二歩になるのであまり使い道がありませんし、金銀で金銀を攻めると、上手に金銀を渡すことになるので与えられるダメージが少ないのです。

 と言うことは、上手の内心の呟き通り、あれっ? と、下手が思った図は、下手が旨く行ってはいないということになります。


再掲、下手成功?図

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前話、下手大成功図

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前話、下手、上手の罠をかいくぐり大成功の図

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 上手の初手42玉から生じた、下手成功?図と、上手の初手32金から生じた、前話で示した大成功図を見較べて下さい。
 何か気が付くことはないでしょうか?

 そう、もうお気付きでしょう。
 前話の大成功図は、31銀、32金、33歩、43歩、53歩の形が上手玉の脱出を阻んでいる「壁」となっているのです。
 一方、下手成功?図は、33の地点から玉が逃げ出せます。
 この差がとてつもなく大きいのです。

 つまり、上手の初手32金と42玉の差が、そのまま形勢に大きな隔たりを持たせていると言えます。

 ちなみに……。
 下手成功?図は、失敗ではありません。
 キチンと指せば、ここからでもちゃんと下手は勝てます。


再再掲、下手成功?図

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下手成功図からの正解手順
45角 78銀 27角成 75歩(これが急所の一手図)

これが急所の一手図

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 75歩が素晴らしい一手です。
 そう言われてもピンとこない方もおられると思うので、狙いを述べます。

 75歩の意味は、
「あれっ? と、下手が思った図は、玉を追いかけてはみたけど、上手の脱出口が多く金銀の持駒では捕まえるのが難しかった。だとしたら、もう少し戦力を多くして襲い掛かろうっ!」
ということです。
 つまり、と金を作って上手玉を追い詰める作戦なわけです。

「でもさあ……。そんな遠くから攻め掛かって、間に合うの?」
と下手の方は思うでしょう。
 しかし、これが猛烈に早いのです。
 たちまち上手玉を追い込むことになります。


これが急所の一手図からの指し手
75同歩 74歩 33玉 73歩成 32金 63と 76歩 53と(下手、大満足の図)

下手大満足の図

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 下手大満足の図を見て、
「たしかにと金が出来ているし、そのと金が上手玉に迫っているのは分かるよ。あれっ? と、下手が思った図よりは全然得そうだし……」
と、思っていただけるでしょうか?

再再掲、あれっ? と、下手が思った図

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 そう、較べてみると分かりますが、下手大満足の図は、
①53の地点にと金がいて、攻め駒が純粋にと金一枚多い
②竜の位置が93なので、と金と連動して上手玉に直接迫っている
③上手は持ち駒に歩が一枚増えただけで、玉形も馬の位置も持ち駒もほとんど、あれっ? と、下手が思った図と変わってはいない

 ということになります。
 つまり、
「下手だけが一方的にと金を得して上手玉に向かって進軍した」
のが、下手大満足の図なんですね。

 どうですか?
 下手の75歩の威力が分かったでしょうか?

 下手大満足の図以下は、上手が45馬と馬を引いて防御に努めようとしたら54銀と馬取りに打ち、44馬くらいに(他の位置に馬を逃げると、43とで食い破られるので上手が拙い)45金と被せて打てば(下手必勝図①)、上手は次の馬取りと43との狙いを同時に受けることが出来ません。

下手必勝図①

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 また、下手大満足の図で、上手が75香と打って77の地点から攻め込むのを狙うのは、54金と打って次の43とを狙えばやはり上手は困っています(下手必勝図②)。

下手必勝図②

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 下手必勝図②から、上手が指すとすれば77歩成ですが、以下、同桂(同銀もある) 76歩 43と 24玉 32と 同銀 36銀(下手勝ちましたっ!図)で、これ以上上手は有効な抵抗が出来ません。
 せっかく77歩成から攻めたものの、間に合わないのです。

下手勝ちましたっ!図

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 下手大満足の図に至れば、あとは駒を足して43の地点を食い破れば下手の勝ちとなります。

 ですが、下手成功?図から、下手大満足の図にキチンと至れるようになるのは、少なくとも1、2級くらいの力量が無ければ難しかったりします。
 それに、上手が必ず下手成功?図から45角と打ってくるとは限りません。
 他の手に変化されても、キチンと75歩からと金を作り上手玉を追い詰めるのは、級位者には相当難しかったりします。

 この、上手の初手32金と42玉の違いだけで、3級分くらいの難易度の差があります。
 32金なら4級くらいの人でも9筋攻略法で勝てますが、42玉だと1級か初段くらいの力量が必要になります。

 この差が、
「上手の本気」
と呼ばれるものの正体なんですね。


 では、下手は1級か初段くらいの力量にならないと、上手の本気には勝てないのでしょうか?
 ……と言うか、
「六枚落ちってそんなに難しいモノなの?」
という疑問がわきませんか?

 いえ、そうではないのです。
 実は、42玉とされても4級くらいの力量でしっかりと勝つ方法があったりします。

 その辺の事情は次話「右利きか左利きか(後編)」でお話いたします。

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