軋む恋ショートショート
27才のアイ子には、同級生で5年付き合っているタクヤがいた。ふたりとも一人暮らしをしていたため、互いの部屋を行き来して半同棲な形だった。それぞれ仕事を持ち、アイ子は、経理事務、タクヤは、車関係の営業の仕事をしていた。そして、タクヤは、出張が多く、なかなか家に帰れないという事もあった。
今夜もタクヤは出張からの帰りで、アイ子のアパートに寄った。
「2泊の出張は、キツイぜ。ずっと相手のペースに合わせなきゃだし、疲れるし、俺、今の会社辞めようかな」
会社の愚痴など、普段は言わないタクヤだったが、今日はよほど疲れたのか、アイ子は黙って聞いていた。
「アイ子、なぁ、飯食いに行こう」
「ん、ん、今から作ろうと思ってたんだけど」
アイ子は、「鍋だよー」とおどけてみせた。
「んー、でも今夜は外で食いたい気分。
なぁ、行こう」
「わかった」と言い、アイ子は、コートを着てタクヤと街に出た。
タクヤはいつものようにアイ子の肩に手を回しくっついて歩く。
「此処、入ろ」
とタクヤが示したのは、ちょっとオシャレなイタリアンの店だった。
「なんか高そう。大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫、さ、入ろう」
ふたりは窓辺の席へ案内されメニューを見てみた。
「私、なんでもいいからタクヤが決めて」
「おー、じゃあ、コース行こう」
「どうしたの?今日のタクヤ、ちょっと変」
「ふふん」
と言い、ウェイターを呼び注文をした。
ワインが来てふたりはとりあえず乾杯をする。
「なんの乾杯だろうね」
アイ子は、笑いながらワインを飲む。
「なぁ、俺たち、結婚しよう」
突然のことにアイ子は、驚いた。
「本気で言ってるの?なぜ?30を過ぎたらって前は言ってたのに......」
「なんかさ、落ち着きたくなった訳。アイ子が家にいると思うと、安心するというか、少しぐらい早くしても良いかなぁってさ」
「私、今、資格取るために勉強してるの。それはやめられない。目標だから。別に結婚したく無いわけじゃないよ。でも、待って欲しい」
「俺の嫁さんになって欲しい。出来れば会社も辞めて欲しいって言ったら?」
「納得出来ないよ。私だって将来のことは考えてる。仕事は続けたい」
アイ子は、タクヤの言い分が分からない訳じゃない。でも、突然、言い出すなんて......。困ってしまった。
「タクヤ、私を必要としてくれるのはありがたい。けど、私には夢があるの。資格を取ってもっと上に行きたいの」
「経理の上ってなんだよ。あ、税理士とか会計士とか?
アイ子、そんなこと考えてたのか」
「ええ、そうよ。挑戦してみたいの」
それじゃ結婚は、無理だよなぁ。はあ、どうする俺。少し自暴自棄気味のタクヤは、もっと言いたいのを堪えていた。
『女のくせに』なんて別れ言葉だよなぁ、とタクヤは思い、出されてきた料理を無言で食べた。
アイ子は、食欲をなくし、今すぐ此処から逃げ出したい思いだった。
灯りがともり賑わう冬の街を、アイ子は、窓越しにボーッと見ていた。
『私たち、どうなるのかな』
軋んだ何かがふたりの間に立ちはだかりつつあった。