【転職】失敗しない自分というブランディング
最近転職活動をしている。
この経緯と、色々と思う事があるので、告発させてください。
現在僕はとある技術系の公務員をやっている。ENTPで公務員というのは水と油と思われるだろうが、実際にそうだと思う。仕事をするうえでの戦略目標が、文言や様式を細かくチェックして間違いない体裁を作ること、みたいな文化であり、ADHDぽいひとには向かない。
一、二年目は注意散漫で寝てることもあったし、マジで評価が低かった。カタログスペックと面接受けは良いけど、働かせるとヤバイ奴、みたいなタイプのダメ社員。更にその頃はS形との接点構築方法も良くわかっていなかったから、本当に周りには迷惑をかけていた。
当時の自分は自己分析ができていなかったし、会社分析も行っていなかった。まあここに行けば「勝ち組」ではあるな、という認識から就職先を選んでいただけだし、人生で何をしたいのかという目的もなく、ふわふわと漂っていただけだった。
もちろんそんな新卒が役に立つはずもなく、ぼろくその評価を得た後に、半分島流し的な扱いで推定ENTJが上司の部署に行った。
あーやらかしたなー、と思いつつ、その部署は若手も多く上司のおかげで役所の割に自由な気風で、徐々に職場との接点を構築し始めることができた。公務員の文書主義と事前調整で仕事を回すっていう文化は、自分の中でしっくりする物ではないけれど、まあ原理が分かればそれに基づいたプログラムを構築するのは得意分野だから、徐々に真面目な公務員を偽装する事は得意になっていった。
そんなかんじで少し板についてくると、すぐ調子に乗るのがENTP。次の部署は外郭団体だったのだが、半分民間で本庁の目も届かない環境のため、半グレみたいになった。
半グレになった理由は、一つは自分が興味のない仕事に従事することになったからだが、もう一つはそこで出会ったのがENTJ(INTJ?)の友人の影響である。数理系は東大理3レベルの男で極めて優秀、某超有名メーカーの設計部署から退職して色々あって公務員になり、何故か俺と同じ会社に派遣になっていた。
彼は、上司にでも専門家にも、「バカらしい仕事にはバカと言う」「任された仕事は完璧にやってるんだから、ケチを付けるなら論破してみろ」というスタンスを貫く豪快な人間であり、それに見合う能力を持っていた。それゆえ、現在の職場で彼は完全に役不足だった。
俺とENTJは、川辺で夢を語り合う高校生のように、酒場で役所のバカらしさを語り合った。能力を何かで発揮したいけど、そのフィールドを見つけられないという閉塞した思いを共有していたわけだね。「自分たちは周りとは違う」みたいな思いをためこみながらも、やっている事は上司の愚痴を言うリーマンでしかなかった。
とはいえ、ENTJは株で生涯年収を稼ぎきってるすごい奴で、仕事は遊びだった。遊びとしてつまらないと言っていたのだ。(猶更やめればいいじゃんという話だが)一方で、俺は仕事はつまらないけどお金もないから安定していたい、というスタンスであり、根本には違いがあった。
行き当たり上、斜に構えたスタンスを彼と合わせてはいたが、俺の方は「会社に依存しながら文句を言う」という滅茶苦茶ダサい事をしており、もう少し自分の姿に自覚的になるべきだったと思う。
その時に転職を考えもしたのだが、やりたい事の明確なビジョンもなく、転職でアピールできるようなスキルも思いつかなかったし、MBTIも学ぶ前だったから、何が得意なのか、何をやりたいのかもよくわかっていなかった。
結局、何かしら持っていたに違いない才能を、ただ腐らせているようなキャリアだなと言う、漠然とした危機感を揺蕩わせながら、漫然と働き続けていた。
そうやっていくうちに、S型職場をいかにうまくこなしていくかというスキルは上がっていき、「日々の幸せ」みたいなのは見つけられる事が以前より多くなった。周りの人たちがそんな月並みな事で人生が充実している様子を見ながら、これが「普通の生き方」で、「社会人」なのかな、というふうな感想で、ぼやっと生きる事に徐々に慣れていったように思う。
そのまま眠るように生きていくルートもあり得たと思うのだが、やはり僕の根はN型だ。
変な縁で自己啓発系のセミナーを受けた時に、「仕事とは何か?」という問いに対するセルフイメージを発表することがあったのだが、自分の回答は「やるべきこと、お金を稼ぐためのこと」みたいな回答だった。
しかし、参加者には「自己実現、やりがい」みたいな回答を出している人がいて、すごくキラキラしており、そういう回答が出来ることに羨ましく感じた。
そして何より、その発想が頭から消滅していた自分に、危機感を感じた。
かように転職という文字は無意識下で自分の脳裏に焼き付いていたのだが、実際に行動をしようと思えたのは2024年になってからだ。そして、それは色々な人から影響を受けたおかげだった。
(外郭団体の後に来た)今の部署は、なかなか自分の性に合っているのだが、そこに引き上げてくれた上司にはお世話になった。信頼して色々と裁量を持たせてくれて、仕事の面白さと自分のキャリアイメージを認識させてくれた。(結果転職を考え始めるのは心苦しいのだが…)
大学の頃からの友人もキャリアの相談に乗ってくれた。noteで会った人は同じ頃に同様にキャリアに悩み、僕よりもはるかに大胆な一歩を歩もうとしている。公式セッションの先生や仲間も、それぞれのキャリアに真正面から取り組んでいた。
そういった人たちと話したり背中を見たり、noteで言語化して自分を顧みたりして、「自分のやりたいこと」というテーマを考えさせられることは多くなっていった。
そして何より、INFJさんの存在があった。彼女が僕の近くにいた期間は短かかったけれど、彼女は誰よりも僕の心の中のくすんだ部分というか、自分を騙している部分を見透かし、レポートの束にして目の前にたたきつけてきた。それらの指摘は僕からすると盲点すぎて当時は当惑したが、時間をかけることで、また色々な人の生き方を知っていく中で、自分なりに少しずつ身体で理解できるようになった。彼女がいなくなった後も、その伝えたかったニュアンスは僕の中の預言書だ。
つまり僕は、表面的には達観した振りをすることで、失敗しない外聞の良い自分を取り繕っていながら、本質は自分の内からの声に耳を塞ぎ、自分の心を雑に扱っているだけだった。それはプライドとなり、行動しない理由となり、自分の可能性を狭めていた。そういうのを最も嫌うのがENTPだろうに。
その自己分析ができて、やっと転職エージェントに登録することができた。エージェントさんと話して志望動機をより詰めていくと、自分の経験が生かせる、想像もしなかったようなキャリアが社会に広がっていることを知れた。
ほんのちょっと行動するだけで、見える景色が全然違う。水面の上に頭を出したよう。
バカみたいだなと思う、行動としてはメールアドレスを登録するだけの簡単な事なのに、そこに至るまで延々と知性化と葛藤して。しかし、このバカらしさと僕という存在は表裏一体なんだと思う。
さて、こうやって転職についての思いや経緯をつらつらと書くことは一つの目的なのだが、この記事を書くに至った理由は別にある。
「失敗しない自分ブランディング」から卒業したいからだ。
実は、僕が転職活動に着手したのはもうちょっと昔だから、本来はその時に上のようなことを記事にしても良かった。というか、そういう時に感じていることを逐一記事にする方がライブで面白かったはずだ。
しかし、そういうことをしない自分。それは失敗した自分を見られたくないからだ。人の目が集まるほど、成功か失敗かわからない時はそれを隠し、成功してからはじめて語ろうとする癖がある。結果が出るまで、失敗するリスクがあるうちは、人前に自分の心を曝したくないのである。
noteも独り言として書いている時は、割と自分のライブの心を吐露できるような場だったんだけど、読んでくれている人の存在を感じるほど、パブリックな場に思えてきて、失敗しないブランディングをしたくなってきていた。
転職に関しても、成功してから「ENTPが転職を考えて成功した理由」とか「ENTPはこういう風に転職活動すればうまくいく!」とかとか、成功した自分ブランディングのための場にnoteを使いかねない。
(そして失敗したなら転職活動をしていたという事も秘密にする。)
そういえば昔からそう。人から良い子に見られようとしていたし、それが上手くいってもいた。恋愛とかのプライベートな競争ではダメダメだけど、パブリックな競争においては大成功はなくとも挫折はしたことがなく「常に安定して上手くいっている自分」なのだ。
そういう性質が身に沁みついてしまっている。オンラインゲームでもレートが上がるほど高レートを保存するためにマッチに参加しなくなるし。安定した位置を取ったら、負けそうな試合からは「賢く」身を引くのである。
そんな自分に浅いなと思ったというか、そういう自分に決別したいから、生き方を変えるために転職したかったんだよな、ということを思い出した。
そのため、そういう自分を告発したくて、このタイミングで記事を書いた。
実際に、僕はまだどこにも内定は貰っておらず、今後はどうなるかわからない。転職しますと宣言したけどどこにも必要とされなかったという結論になるかもしれない。
でも、それはそれで自分だよねって、曝せられるようになれば、もっと色々とチャレンジをしていけるはずだ。今の仕事のままでも、少なくともそういう自分でありたい。
失敗しないように、失敗が明るみに出ないように、賢く立ち回っていくのは確かに社会人の能力の一つだけど、そういうペルソナに囚われて生きていくのは、やはり面白くない。
もっと正直に、まっすぐ生きてみよう。そうすれば、きっと視界は開けていく。