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"103万円ゲーム"が面白いので解説と予想をしてみます

 最近の国政、かなり面白い。
 103万円の壁というトピックを中心に、色々なプレーヤーのエゴや思考が漏れ出てきて、日本がどういうシステムで回っているのかがよくわかるんですよね。
 ということで、今後かなりの激動が予想されるので、このトピックについてこれなかった人たちもわかるように、ちょっとまとめつつ予言してみます。


”103万円ゲーム”の前提について

 まず、ゲームの前提を整理しましょう。

  • 2024年の衆院選大敗の結果、与党で衆院過半数割れをしたため、2025年度の予算成立は与党単独ではできない。

  • 2025年度予算は2025年3月までに成立する必要がある(事が慣例である)ため、40日弱しか時間がない。

  • 各野党のデフォルトのスタンスは”予算案に反対”であり、それを覆すために、自民党はどこかの野党と交渉し、賛成に変える必要がある。

  • 交渉する野党は、立憲民主党、維新の会、国民民主党のいずれかである。

  • 国民民主党とは、彼らの主張する103万円の壁及びガソリン暫定税率の撤廃に向けて協力していることを、2024年の段階で三党幹事長合意している。

  • 維新の会とはその後、教育無償化及び社会保障改革に関する合意をしている。

  • 国民民主党案には7兆の減税が必要であり、教育無償化は6000億円のため、維新案の方が「安上がり」とされている。

  • 立憲民主党から賛成を得ることは基本的に考えづらい。

 つまり、野党としては
「ライバルの野党に先じて自分たちの予算賛成票を与党に売りつけ、いかに政策を実現するか」
 というゲームであり、与党としては、
「どの野党と協力関係を結び、期限内にいかに安価に、2025年度予算を成立させることができるか」
 というゲームなわけです。

 戦後の日本政治では、与党での過半数割れという状況はほぼ発生しておらず、国会においてこのようなゲームが繰り広げられるという事はありませんでした。政策議論は与党内調整で終始していました。
 現状のような票取りゲームは誰もが未体験ゾーンであるため、今後の政治がどう動いていくか注目が集まっているわけです。

 目下のゲームの主要論点は国民民主党の掲げる103万円の壁の打破です。これは、「基礎控除+給与控除を103万円から178万円に上げることで、全年収帯の世帯に対して減税効果を及ぼし、インフレによって取りすぎた税を返そう」という主張です。
 こういうアジェンダ設定がなされることは今までありませんでした。7兆円もの減税を日本政府は絶対に許さないから。大きくとって大きく返すという発想しかないため、減税が国政の選択肢に上がっているという時点で、かなり画期的な状況なのです。

各プレーヤーの思惑について

 それでは、それぞれのプレーヤーの思惑を考えてみましょう。

 まず、キープレーヤーとなっているのが、言うまでもなく国民民主党。彼らは、2024年の衆院選にて「国民の手取りを増やす」をキャッチフレーズとし、減税を主たる政策として訴えました。結果、もともとは泡沫政党だったものが、国民からの支持を集め、議席を大幅に伸ばしました。政党支持率も上昇しており、彼らは広く国民の支持は自分たちにあると確信し、自らの政策を実現するために強気に自民党に迫っています。
 彼らとしては、合意できればベストだが、自民党が渋ることで合意できなくても大きく困らない。悪に対するヒーロのポジションを取れるから。
 結果、かなりストレートに自民党に交渉を迫る、王道のプレイングをしています。

 出遅れて焦っているのが日本維新の会です。元々、「自民にも立憲にも愛想をつかした」、という層から支持を集めており、野党第二党として自負があったことでしょう。しかし、2024年選挙では多くを国民民主に食われ、存在感を失っていました。選挙後も国民民主と自民の協議がニュースをにぎわせ、維新は蚊帳の外でした。
 これに焦り、国民からの耳目を集めるため、国民民主党よりも安上がりで合意しやすい”教育無償化案”をまとめたのが前原共同代表です。この合意を実現することで、2025年の選挙で戦える実績を作ろうとしています。
 加えて、大阪万博という弱点があるのも痛い所。万博を成功するためには政府の協力を得たく、与党と大立ち回りをして敵対しづらい、という脛に傷を持ったのが維新の会です。

 これらに相対するのが与党自民党
 前提として、2024年に議席を大幅に減らし、石破政権は求心力が極端に低い状況です。2025年度予算がスケジュール通りに実現しなければ、内部分裂もありえる。故に、国民民主党もしくは日本維新の会、どちらかの賛成は絶対に必要な状況です。
 であれば両方飲んで賛成貰えばよいじゃん、と思いつつもそういかないのが複雑な所。
 現在の自民党は、2024年の衆院選による安倍派大量粛清の結果、財政緊縮派が発言力を持つ環境となっています。彼らは、とにかく国庫からお金を流出させず、いかに税を搾り取るかという事を至上命題としているため、野党の言うような案に乗っかって、財政拡張する事が教義上許されないのです。この立場にて一貫して発言しているのが、自民党税調の宮沢洋一氏という訳ですね。
 つまり、自民党は石破総理とは別に、宮沢洋一氏を通して財務省という裏の人格を持っているという事です。自民党というプレーヤーの右手が石破総理だとすると、そのを左手を財務省が宮沢氏を通してコントロールしているような感じ。
 それ故に、野党とは合意をしなければならないが、上手く言いくるめて安上がりに済ませたい、というスケベ心を丸出しにした国会運営をしています。

 最後に、与党の一角である公明党というプレーヤーがいます。彼らは自民党にくっつくことで与党としての利権を吸いつつも、自らは「生活者目線」の政党であるというポリシーを掲げており、また支持基盤である創価学会からの目線もかかっているため、国民の生活感覚からかけ離れた主張はなかなかし辛い性質があります。
 結果、与党でありつつも財務省というよりは国民民主党寄りな主張を持っているが、最終的には自民党の指示に従うだろう、という日和見の性質を持ちます。

 蛇足ですが、このゲームの観客席には立憲民主党という方々が座っていらっしゃいます。彼らはアンチ自民党ではあるが財務省寄りである、というスタンスを持っています。その結果、天敵自民党を助けるなんてことはしないが、財政拡大をするような国民民主や維新の側に立つこともしない。
 合わせて、石破総理である限り、自民党は人気を失い続けていくでしょう。そのため、石破総理を責めずに煽てて、野党としての要求もせず。「とりあえず紙の保険証とか言って手番をパスし続けてればええやろ」という国会運営をしています。

自民党の打った最新の一手について

 自民党は当初国民民主党と、103万円の壁を178万円を目指して引き上げていく、という明確な合意をしたにもかかわらず、日本維新の会との合意が成立しうる、とわかった瞬間、国民民主党に極めて高飛車な一手を繰り出しました。それが”200万円案”です。

 もともと、「基礎控除+給与控除を103万円から178万円に上げることで、全年収帯の世帯に対して減税効果を及ぼし、インフレによって取りすぎた税を返そう」、というのが国民民主党の主張であり、彼らが支持を得た理由です。
 これに対して自民党は「年収200万円以下の世帯はシャーナシで控除額上げたるわ。でも、200万円より上の奴らは儲かってるんだから、減税なんてできるわけねーべw」という一手を打ったわけですね。
 言うまでもなく「日本維新の会と合意できれば、国民民主党からの予算賛成票なんていらないもんね~♪」という、ゲームに余裕が出てきたゆえの調子に乗っちゃった一手です。

 これに国民民主党が激怒したのは当然のこと。榛葉幹事長は席を立ち、到底受け入れられないと付き返しました。

 一方で、自民党と着々と協議を進めていくのが日本維新の会。教育無償化の実現と、社会保障改革を”目指していく”という口約束の元、予算案に賛成する雰囲気を出しています。

 ということで、記事を書いている現在では、維新の会が自民党との協議を成立させるのが濃厚とみられており、結果”103万円ゲーム”の結果は
 勝者:自民党・日本維新の会
 敗者:国民民主党
 
となると思われます。

立ち止まって盤面をもう一度よく見てみよう

 さて、これは本当にそうなのでしょうか?違和感を感じた人も多いでしょう。それは、「2025年度予算を成立させることが自民党の至上命題なのか?」という事です。
 実は、2025年の次には2026年が来るし、なんとその先には2027年という年も存在してるんですよね。自民党が2025年の予算を成立させるために結党された党なのであれば、石破首相は完璧な仕事をしたと思います。しかし、もしその先も与党として君臨しようと思っているのであれば、その先の国会運営を考慮しなければなりません。

 さて、上記の結論で3月の国会が終わったとします。国民民主党は自民党に対してどう感じるでしょうか。
「2024年には三党で103万の壁打破を目指すと合意したのに、裏切られた。」
 当然そう感じますね。そして国民はどう考えるでしょうか。
「大幅減税が実現すると思ったのに、自民と維新によりそれを台無しにされた」
 という感想を抱くはずです。

 その状態で、まず7月の参院選を迎えることになります。この参院選において、60議席を確保する必要があります。現状保有している改選議席数は76議席ですので、16議席を失うと過半数割れすることになります。
 内閣支持率が低調で、衆院選でも過半数割れしている現状。参院過半数を確保するためには、改選総議席数124に対して、約半分の60を確保する必要があるわけですね。
 衆院と参院の方式の違いもあり、自民党にとって難しいというつもりはないのですが、盤石とはいいがたいのではないでしょうか。

 もしかしたら自民党執行部は、予算成立は衆院のみで良いから参院は過半数を失っても良いとか、のんびりしたことを考えているのかもしれませんが…。

 しかし、それより明らかに深刻なのが次の衆院選です。2024年10月に選挙があったため、最長で2028年だという猶予はあるものの、されど4年です。
 現在、自公維にて、253議席を持っています。そして、過半数は233議席。次回の衆院選にて、自公維が合わせて20票を失わないという確信があれば、三党で仲良く国会運営していれば良いでしょう。
 しかし、現状のように世論を無視する政策運営を続けていた場合、与党の議席数は減少する可能性は高いと考える方が自然ではないでしょうか。

 そして重要なのは、その局面(自公維過半数割れ)において、自民党は国民民主党にも協力を依頼しなければならなくなる、ということです。しかし、2025年に極めて無礼な態度で国民民主党を袖にした、という事実は消えません。彼らは簡単に協力することはあり得ないでしょう。より高い球を要求されることになります。

 加えて、維新はそもそも与党入りしていません。もし、今後国民からの批判が維新の会に集中することになった場合、維新としても自民に追随する犬とみなされることは非常に危険です。参院選で敗北した場合、自民との対立路線に舵を切り替える可能性は十分にあり得ます。
 こんな状態で国会運営が上手くいかなくなった場合、次の衆院選は四年後などと言う悠長に構えているのはかなり楽観的な態度でしょう。2026年度予算と引き換えに、衆院解散などは容易に想定しうるシナリオです。

 以上より、2025年の予算"103万円ゲーム"という極めて狭い盤面の中で最善手を打った結果、自民党は近い将来、極めて厳しい状況に置かれると予言します。
 これは、2009年の民主党政権交代と次元が違います。あの時はメディアによる扇動により国民が感情的になり、非合理的な選択を取っていた面があります。しかし、今回は政策的に間違った上に政治的にも誤っており、感情的にも合理的にも自民党の弁護の余地がないのです。つまり、下野した後は与党の筆頭政党に復帰することはない、とも予言しておきます。

自民党の最善手は何だったのか?

 自民党が長期的な政権運営を前提とする場合、国民の支持を増やす政策を採用するのが基本であり最善手なわけです。インフレ環境下で、賃上げは間接的に所得税率を上昇させ、生活コストの上昇は困窮者を増やし続けている。このような環境で税収がアップし続けているのであれば、国民に還元しなければ当然に不満がたまり、政権基盤がぐらつく。
 国民民主党の言う減税すべきという主張は全うであり、全うなのであれば、自民党はそれを飲み込んで、国民に寄り添うというスタンスを取ればよかった。つまり彼らの言う事を丸のみして大規模減税を実施し、国民民主党と準同盟関係を構築すべきでした。

 しかし、これを実現するためには自民党は財政当局である財務省との交渉をまとめ上げなければならない。財務省は自民党内に強い影響力を持つから、その調整が困難で、結局自民党として減税を飲むことができなかった。こういう構造なんですよね。

 昭和に国際的に最善の手が打てなくなり、平成に経済的に最善の手が打てなくなり、遂に令和には政治的にも最善の手が打てなくなった。国家としてのシステムの老朽化が本格的に表面化してきていることが、この103万円ゲームにより明るみに出てくるわけですね。
 面白いですね~。

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