【日常】寄り道 宝箱のようなお店にて
残暑極まる今日この頃。
相も変わらず、外に出れば汗まみれ。上気した顔で、蒸し風呂の如き車へ戻るやいなや、冷やしタオルで顔を拭き、保冷剤を首筋に当てつつ、水分を補給し終えると同時に深い溜息をつく … といった日々が続いています。
さてと、本日は久しぶりに寄り道ができたので、その模様を綴って参りましょう。お時間がある方は、お付き合いくださいませ。
今日は、建築物の検査で、立町という仙台を代表する繁華街 国分町の西側に位置するエリアに朝早くから赴きました。
お役目を終えた後、小一時間ほど猶予ができたので、ここぞとばかりに界隈を散策することにしました。
と言っても、気温が上昇する中、闇雲に歩き廻るのも愚の骨頂ですから、予てから機会あらば訪ねてみようと考えていた刃物店 中山商店へ足を向けることに決めたのでした。
中村商店(屋号:かねなか)は、主に打ち刃物を取り扱っているお店で、その筋の職人(大工・料理人・彫刻家など)の間では、ちょいと知られた存在です。
僕自身が中山商店の存在を知ったのは平成になってからのことで(学生時代)、当時熱中していたロッククライミングで使うハーケンを作ってくれそうな処を探していた時に、先輩から「あそこなら作ってくれるかもよ。」といった感じで教えてもらったことを記憶しています。
※結局、お願いすることはなかった。
その後、30代に入って再開した創作活動を契機に、改めて中山商店の存在を思い起こしたわけですが、店構えから滲み出るプロフェッショナル感に気圧されてしまい、長らく入店することができないでおりました。
恥ずかしい話ですが、中山商店が接する木町通は頻繁に使う道路だったので、その気になれば何時でもお邪魔することはできたのです。それでも、何かしら敷居の高さを感じてしまっていたのですね。
この手の躊躇は、画材屋さんでは感じたことが無い類の感覚なので表現し難いのですが、やはり旬(タイミング)を待たねばならないということなのでしょう。
なにはともあれ、かつての若輩も今や齢五十五となり、年かさを増した分、面の皮も厚くなったに違いなく、此度は何の恐れもなくお店の前に立つことができたのでした。
お店のドアを静かに開けると、入店を知らせるチャイムが鳴り、奥から店主と思しきご婦人(以下、お母さま)がスマホを片手に出てこられました。お話中のご様子だったので、電話を切る必要がない旨をオーバーアクション気味のゼスチャーで伝えつつ、「ちょっと見せて下さいね。」と小声で囁いてから、勝手に店内を物色させて頂ことに。
店内は、長い年月を経た店だけが纏うことのできる空気で満ち溢れていました。それはまるで宝箱と言ってもよいでしょう。
外観から見て右側の壁には、木を扱う職人が使用する鑿や鉋刃や彫刻刀等が並び、その間には ” 気になる物 ” が沢山散見されました。
お店の中央の棚には、小型のナイフや剪定鋏を中心に、天然砥石や小物類が並んでおり、店奥のガラス棚には、卓球のラケットと同じくらい大きなおろし金を中心に、各種包丁が雑然と並んでいました。
いやはや、宝探しをしているような錯覚に陥りましたね。触りたい気持ちを抑えるに必死でした。(何度も手が出かかった)
電話を終えたお母さまは「今はもう商品を仕入れていないのよ。ここにあるだけなの。この店もいつ閉めるか分からないからねぇ。」と、気さくに話しかけてくれました。
そんな愁傷な話を聞いてしまったら、こちらとしても来訪の意を伝えないわけにはいきません。そもそも、首から防塵カメラをぶら下げ、ベトナムパンツに速乾性のポロシャツという風体の男が、平日の午前中に突然入店してきたわけですから、何某かの釈明はせねばならないでしょう(苦笑)。
といったわけで、随分と前から存在こそ知りながら来訪のタイミングを逸していたこと、此度は仕事で近くまできたので立ち寄れたこと、長らく彫刻や版画を嗜んできたこと等をざっくりと伝えました。
恐らくは「訪れるべくして訪れた人間」だということだけは理解して頂けたであろうと思います(希望的観測)。
膝が悪くて長い時間立っていられないと嘆くお母さまでしたが、お暇するまでの間、しっかりとお相手をして頂きました(低頭)。
感心したのは、今は亡きご主人が始めた刃物店でありながら、お母さまもまた刃物の知識を持たれていたことです。僕の質問に対してプロフェッショナル然とした答えが子気味よく返ってきました。
きっと、生前のご主人や取引先そして数多の顧客から、生きた知識を獲得してこられたのでしょう。本当に頭が下がります。
また、殊更に芳ばしく感じたのは、お母さまの話の中に必ずご主人のエピソードが登場することでした。
ひとつひとつの刃物に込められたご主人の想いをお母さまが共有していることが容易に窺われ、心温まる時間を過ごすことができたように思います。
そんな逸話の中に、とても参考になる事柄もありました。
それが、下写真の「特注刃物の試作品」です。
これらは、ご主人が鍛冶屋さんに製作を依頼する時に、自分で木を削って試作した物だそうです。これぞ正にモックアップですね。
なんでもお母さまの話では、かつて特別誂えの大型の鑿を鍛冶屋さんに注文した際、その設計意図が伝わらずに失敗してしまった経験をきっかけに、自ら試作するようになったとのこと。
なるほど、ご主人のお気持ちは重々理解できます。
僕が根付を彫る時に使う左刃も、特殊で複雑な形状であるため、第三者に製作を依頼する時の面倒とリスク(一度で希望通りに仕上がるはずがない)を検討した結果、古の根付師に習い自ら製作することにしたわけで … 。(造り手と使い手が一致していても失敗が多い)
いずれにしても、発注者の意図を受注者が正しく解することが出来るか否かは重要な点であり、成否の真境でもあります。よって、固有の用途を担う特殊な道具なればこそ、相応の具体性を宿した情報を作り手に与える必要がありますよね。これは私の本業(建築設計)とて同様。
当たり前といえば当たり前ですが、顧客と生産者の間を取り持つ立場の人間が、自らの手を動かして試作するという真摯な姿勢に胸を熱くした伝吉小父なのでした。
そんなこんなの小一時間。
お母さまの膝が気になってきたので、そろそろお暇しようとしたら「近頃、倉庫の中でこんなものを見つけたのよ。」といって経年を感じさせる桐箱を出してこられました。
桐箱には「箆箸」とだけ記されており、中には火鉢で使用する火箸と灰ならしが並んで収められていました。
実に風情に富んだ品です。許可を得て触らせて頂きましたが、使い心地の良さを想像させる適度な重みがあり、手に馴染む質感が備わっていました。
といった具合に、芋づる式に様々な物が出てくるのです。店頭に出ている商品は、正に「氷山の一角」なのでしょうね。
いよいよお母さまの膝が心配になってきたので、時を改めて砥石を購入しに再訪することを約束し、お暇させて頂きました。
(お相手を過分に賜ったこともそうですが、SNSへの投稿や写真撮影、また商品に触れることを快諾して頂き、本当に感謝しております。)
お母さまの話では、長くお付き合いをしてきた問屋さんが閉業したり、鍛冶屋さんが鬼籍入りしたりと、打ち刃物を取り巻く環境は年を追うごとに厳しくなる一方とのこと。
されば、この伝吉小父も、日本固有の刃物鋼や鍛冶技術が衰退していかないように表現活動を一日も長く継続することで注力していこうと考えた次第。もはや AI とか ChatGPT とか言っていられませんね(微笑)。
そんな想いを胸に刻んだ小一時間の寄り道となりました。
中山商店 の簡単なご案内
営業日:火曜日から土曜日の午前9時から午後16時
(日曜日と月曜日がお休み)
※駐車場(コインパーク)が近隣に沢山あります。
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