日本語とドイツ語の間で ~der, die, das Nutella論争(?)とメトニミー~
最後に書いてからまた時間が経ってしまい、気づくともうすぐ1年のうち半分が過ぎてしまったんですね。やばい。
今日はドイツ人の中でも議論が白熱すると噂のテーマ「ヌテラの性は何か問題」を取り上げてみたいと思います。というのも、朝食や夜食に夫がヌテラを使うたびに彼とこの議論をするからです。
今回はまず皆様への質問から始めたいと思います。ズバリ、読者の皆様はder, die, dasのどれを使いますか?そして、皆様の身の回りのネイティブの方はどれを使って表現していますか?さらに、ネイティブの方々に「なんでその性なんですか?」と聞くとどういう答えが返ってきますか?
このヌテラ論争(?)は、実はかの有名なドイツ語に関するエッセイ集 "Der Dativ ist dem Genitiv sein Tod"(Bastian Sick著)の第一巻にも "Krieg der Geschlechter" というタイトルで取り上げられています。私は学部生の頃にこのエッセイ集を読み「え!?ドイツ人でも人によって名詞の性が異なるなんてことがあるのか!?」と当時びっくりしたのをよく覚えています。ここでは、とあるカップルがヌテラの名詞性をきっかけにちょっとした喧嘩をし始め、その他の商品に関する名詞性についても話が広がっていくというものです。
私はdie Nutella派なのですが、これには恐らく私がこれまでに学んだ他の言語の影響が少なからずあると思います。かつて私はほんの少しなのですが、ロシア語やルーマニア語を学んだことがあり、これらの言語では語尾で名詞の性を判断することができる(らしい)と教えられました。例外とかもきっとあると思うし、こんな一般化できるものなのかを学ぶほどの段階まではいかなかったので、私の浅くかつもう忘却の彼方に追いやられつつある知識をもとにした心許ない話でしかないのですが、これらの言語ではどうやら語尾が-a(ルーマニア語だと-ă)であるものは女性名詞であるらしい、ということでした。イタリア語とかもそうっぽい。確かね。知らんけど。マジで鵜呑みにしないでね。
当時ロシア語をドイツ語と共に学んでいた私は、ドイツ語の名詞性の規則性のなさ(あるものもあると今はもちろん理解済み)にうんざりしていた頃であり、その一方でロシア語は語尾で決まるのかーめっちゃありがたいなーと素人ならではの感想を持っていました(しかしその後-ьで終わるものは男性または女性名詞と言われ膝から崩れ落ちました)。そんなわけで本当になんとなく-aで終わる=女性名詞?というつながりが頭の中で構築されてしまったわけです。
そんな安直な理由からNutellaもdie Nutellaと言ってきたんですが、ヌテラはそもそもイタリアから来ているらしいし、さっきちょっと取り上げた「イタリア語はどうやら-aだと女性名詞らしい」というのとの親和性も高く、そしてさらに中身は要はdie Haselnusscremeなんだから「dieやん!じゃあ!」とそれはもう自信に満ちていたんですが、夫とは意見が割れるわけです。
そもそもNutellaに対してはなぜどのバリエーションも可能なのか?ということについてよく聞かれるArgumentはそれぞれ
die Nutella:ヌテラはdie Haselnusscremeだから
der Nutella:ヌテラはder Aufstrichだから
das Nutella:ヌテラはガラスの容器(das Glas)に入っているから
というものなのですが、これについてはどれも頷けるし論理的だなと私自身は感じるわけです。die Haselnusscremeだからdie Nutellaという論理は、Sick氏のエッセイの中でも取り上げられているように、実は他の商品名で呼ばれるようなものの名詞性についても共通する点があります。例としてSick氏はdie Bifi (Bifiはサラミ die Salami だから)、der Labello (= der Lippenstift) などを取り上げています。
der Nutellaの場合、Aufstrichという上位概念にその根拠を求めている点が面白いと思います。そしてこれは少しdie Haselnusscremeを理由にするところにも似ているのですが、私の中では別のものとした気持ちがあり、それはなぜかと言うとAufstrichの中にはHaselnusscreme以外にもButter、Marmeladeなどなどもっと様々な下位概念が含まれるからです。die Nutellaの場合、NutellaそのものはHaselnusscreme なわけですが、der Nutella - Aufstrichが結びつく場合「色々あるAufstrichの中のHaselnusscremeの中のNutella」という感じがするのかな?と思いました。
そしてdas Nutellaについては、Nutellaの内容がどうとかではなく「Nutellaが入っている容器」を指していることがわかります。これはもっと単純でわかりやすい解釈だと思います。
そんなことを考えたときに「あれ?こんなような話、認知言語学の勉強した時に聞いたことなかったけ?」と思ったんですが、これ全部メトニミー・シネクドキーの話と関連性があるのでは?と考えました。
メトニミー・シネクドキーとはなんぞやと思った方もいるかもしれません。まずはメトノミーの話をさせてください。ここでメタファーと関連させてメトニミーについて説明している慶應の堀田隆一先生のブログを参照したいと思います。
これでピンと来る人も来ない人もいらっしゃると思いますが、非常にわかりやすい具体的な例が上記のブログに書いてありますので、様々な例はそちらをご覧いただきたいのですが、こちらでも一つドイツ語の例を挙げたいと思います。日本でもそうですが、学年が上になるにつれ大学生は毎日大学に行かなくても良くなりますよね。そういう時の会話を思い浮かべてみてください。"Ich habe heute keine Uni." ー 日本語でも「今日は大学がない」と言いますよね(私はよく言ってきたし、大体そう言うとバイトのシフト入れられてました)。これは本当に大学がないわけではなく、「授業がない」わけです。これが成り立つのは、大学と授業に「隣接性」「近接性」があると捉えることができるからであり、これをメトニミーと言います。堀田先生は上記のブログにて、この隣接性について様々なものがあると述べ、「部分と全体(特に 提喩 (synecdoche) と呼ばれる),容器と内容,材料と物品,時間と出来事,場所とそこにある事物,原因と結果など,何らかの有機的な関係があれば,すべてメトニミーの種となる。」(出典同上)としています。
一方シネクドキーの方はというと、すでに前パラグラフの引用箇所に英語のつづりと共に紹介されている「提喩」のことですが、これについても堀田先生のブログを参照していきたいと思います。以下の引用箇所では先行研究で行われてきたメトニミーとシネクドキーの区別と関連させて説明がなされています。
シネクドキーの例をドイツ語で挙げます。"Hast du ein Tempo?" や "Das Zewa ist alle." というような表現を聞いたことはありませんか?Tempoはティッシュ、Zewaはキッチンペーパーのブランド名ですが、何もこのメーカーのティッシュを持っているか?ということを聞いているのでも、Zewaというメーカーのキッチンペーパーがなくなったというわけでもなく、一般的にティッシュやキッチンペーパーを指すのにこの特定のブランド名を使うという人たちがいます。Zewaのキッチンペーパーを持っていなかったとしてもZewaがなくなった、というわけです。日本語だとサランラップとかもその例に含まれるでしょう(私はラップのことを常にサランラップって言っていました)。本当に意味しているのは上位概念であるティッシュやキッチンペーパーやラップのことなのですが、それをいくつもある下位概念(ここでは特定の商品名)で呼ぶというのがこのシネクドキーに当たると言えます。
ここでNutellaの話に戻りたいと思います。シネクドキーの例であると
直接的に言えるかどうかわからないのですが、die Nutellaやder Nutellaはこのシネクドキーの考え方に根拠の正当性を求めることができるかと思いました。カテゴリーの規模はどうあれ、AufstrichやHaselnusscremeという上位概念の下にNutellaはあるという風に考えることができるためdieもderも論理的だな、というように私たちは考えられるわけです。
そしてdas Nutellaの方はというと、メトニミーの典型的な例とも言えると思います。Nutellaはガラスの容器に入って売られています。つまりNutellaとGlasの間には、物理的な隣接性・近接性がある、という風に捉えることができます。だからdas GlasがNutellaという単語そのものには含まれていないとしても、この隣接性を理由に私たちはdas Nutellaも論理的だと捉えることができるのです。
と、いうことは!どの性で言ってもいい単語が存在するではないか!ドイツ語学習者である私たちにとってはなんとありがたい!そして、もし皆さんがネイティブの人にどれかの名詞性を使ってケチつけられるなんてことがあれば、こんな風に返してみてはいかがでしょうか。違う?
…ちなみに私はdas Nutellaと言う夫に対して上のような話をしたところ「…でもdas Nutella!」と言われて終わりましたとさ。
画像:Mario CvitkovicによるPixabayからの画像
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