わが子への手紙

〇〇ちゃんへ

〇〇ちゃんは、お父さんたちが毎日働いているのは何のためか知っていますか。そうです。お金をかせぐためです。生きていくためには何かと必要なものがあるから、働いてお金をかせいで食べ物を買ったりお家をたてたりしなければなりません。

でも、もう一つ理由があります。それは、〇〇ちゃんたちが大きくなったときに、もっといい世界、少なくとも今よりは悪くない世界に住んでもらいたいと思っているからです。

お父さんのしごとは勉強です。いろいろな本を読んだり調べたりしたこと、自分で考えたりしたことを人に伝えるしごとです。魚屋さんが魚を売ってお金をもらうように、お父さんは「知識(ちしき)」というものを売ってお金をもらうと言ってもいいかもしれません。

でも、お父さんが今書いている本は、食べても栄養にならないし、燃やしても大したねんりょうにはならないし、雨風から守ってくれる屋根のかわりにもなりません。お父さんが勉強しているのは、人間が考えてきたこと、してきたことなので、それで病気を治すこともできないし、便利なきかいを発明することもできません。でも、人間が自分自身、そして自分たちが作った世界のことを知るためにはちょっとだけ役に立つと思っています。

昔の人々は、宇宙というのはもっと小さいし、宇宙が生まれたのもそんなに昔のことではないと思っていたようです。つまり、宇宙をつくったカミサマと人間のきょりはそれほど遠くなかったのです。

でも、科学のおかげで、宇宙というのはもっと大きくて、またとてつもない昔から存在したものであることがわかってきました。この宇宙の空間の広がりと時間の流れから見れば、われわれの知っている世界というのはほんの小さなものです。わたしたち人間は、小さな世界の小さな小さな生き物であることがわかってきたのです。ちょっとふしぎなことですが、科学というのはわたしたちの知っていることをふやしたのですが、それ以上に知らないこともふやしたのです。

でも、この小さな世界はわたしたちにとって大事なものです。なぜなら、それはわたしたちが生きているところだからだし、わたしたちの子供、孫が生きるところだからです。この世界がなくなってしまうと、わたしたちは行くところがなくなってしまいます。その小さな世界に生きる小さな人々も大事です。なぜなら、その人たちといっしょに世界をよくしていかなければならないからです。その人たちの助けなしにできることは、そんなにたくさんありません。

人間が知っていることなどかぎられたものだから、いざとなったらカミサマにおいのりするしかないこともたくさんあります。でも、人間がいっしょになればできることもまだまだたくさんあります。お父さんにはわかりませんが、たぶんカミサマも「わしのところに来る前に、まず自分たちで話し合って知恵を出し合いなさい。そのために言葉をあやつる力をあたえたのじゃ」と思っていると思います。

もうすぐ本当に世界が終わってしまうのかどうか、お父さんにはわかりません。でも、カミサマが考えていることをいくら人間があてようとしても、あたらないものだと思います。それよりも、わたしたちが住んでいるこの世界、そしてそこに住む人々が考えていること、していることを知ることの方がずっと大事だと思います。

大人は何でも知っているような顔をしているけども、カミサマよりずっとものを知らないし、今まで世界をよくするしごとをうまくやってきたとは言えません。でも、カミサマにあとしまつをおねがいする前にやれることは、まだまだたくさんあると思っています。そのために、お金をかせぐだけではなくて、この小さな世界とそこに住む小さな人々のことをもっともっとよく知らないとなりません。

〇〇ちゃんが勉強するのも、大きくなったらよいしごとを見つけて、お金をかせぐためです。でも、やっぱりもう一つ大事なしごとがあります。それは、お父さんたちがやっていることを、こんどは〇〇ちゃんたちが自分たちの子どものためにやってあげることです。そのじゅんびのために、今から勉強しているわけです。

だから、世界が終わることはしんぱいしなくていいと思います。いつかは世界は終わるのですが、それがいつかはお父さんにもだれにもわかりません。わたしたちにできることは、自分たちの手でこの世界を終わらせてしまうことがないようにすることです。そのためには、もっとわたしたち自身とこの世界のこのをよく知って、その知識(ちしき)を子どもたちに伝えていかないとならないのです。

そうやって考えると、イヤな宿題もやる気がでるでしょ? え? でないって?

父より

(「もうすぐ世界が終わるの? じゃあ、なんで宿題なんてしないとならないの?」という子供の問いに対する答えとして書いた手紙であるが、結局出さずじまいであったと思う。こんな子どもの無邪気な問いに接すると、 普段ぼくら大人が口にしてることがどれだけ本気を欠いているか気づかされる。)

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コーヒー一杯ごちそうしてくれれば、生きていく糧になりそうな話をしてくれる。そういう人間にわたしはなりたい。とくにコーヒー飲みたくなったときには。