消えたおばあさん
田舎のスーパーでトマトを選んでいるお婆さんがいた。年金暮らしで余裕がなさそうだった。もちろん偏見には違いないが、選び方で何となくそう思った。経済的に余裕がない時、トマトは比較的高い。
「安いトマトなら缶詰がいいよ」と声をかけてしまった。私も缶詰のトマトを安いという理由で食べていた時期がある。
「缶詰か?旨いのか?」
お婆さんは聞き返してきた。
「値段の割にいける」そう答えた。
「そうか」そういうとお婆さんは野菜売り場から消えた。
失礼だったかもしれない。独り暮らしが長いと人恋しくなるのか割と他人に話しかけてしまう。
その後レジで並んでいると、お婆さんが後から来て割り込むように私の前に並んだ。先ほどのお婆さんだった。
「急いでいるなら替わってやるぞ」
そのお婆さんは、振り向くとニコリともせずそういった。
「ホント?では、お礼にこれを。ちゃんとお金は払うんだよ」そういってレジ前のチロルチョコレートを一つ取って、お婆さんのかごの中に静かに入れた。そして順番を替わってもらった。
「自分で払うのか」お婆さんの声が聞こえた。
「あれ、知らない?自分で手に取ったチョコと人に取ってもらったものとは味が違うんだよ。嫌いなら棚に戻してかまわないよ」
私は涼しい顔でそう答えてレジを済ませた。
仕返しをしたわけではない。本気でそう思っていた。買ってあげるほどの事はないし、やりすぎはよくない。この辺の塩梅は難しい。
それから半年ほど過ぎたころだった、同じレジ前で「あんたの言う事、本当だったわ」と声をかけられた。振り返るとお婆さんが立っていた。突然の事で、何のことだ?と考えてていると、お婆さんはにこにこしながら薄くなり見えなくなった。
ひょっとして、あの時のお婆さんかと思い出してはみたが、どこまでが現実で何がホントなのかは判然としなかった。