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たまご革命

「先生、たまご革命とは何ですか?」
「『卵ぶつけろ生卵』という奴だろう。まぁ、一種の一揆だな」
「一揆?」
「2030年ごろ盛んになった、国民運動だよ。流石におとなしい民衆も怒りだしたというわけだ」
「ああ、農民一揆の一揆ですか」
「そう、それをきっかけに敗戦から100年かけてようやく自立に向かう無血革命なんていわれているんだよ」
「自立ですか?」
「敗戦時『堪え難きを耐えろ』と言われていたので50年ぐらいは覚悟していたのが結局100年かかったと歴史学者は言うんだよ」
「先生が言い始めたのですか?」
「まあね」
「どんな社会状況だったのですか?」
「いろいろ問題はあったが、役人支配が行き過ぎていた、だからターゲットになったのは高級官僚とそれに連なる政治家だった」
「財務教とかいう奴ですか?」
「ザイム真理教ね、まあそうなんだけど無理のない部分はあるんだよ歴史的経緯という奴がある」
「どういう事でしょう?」
「敗戦から始まる社会はマイナスからの出発だ。ゼロからという場合は先が見えないので試行錯誤でゆっくり進む。しかしマイナスからというのは、戦前の良い暮らしの記憶はあるという事だ。一刻も早くそこまで戻してさらに発展させる。だから一番優秀な奴らは役人になった」
「昭和の時代のことですね」
「そう、その時代は皆必死だった。『働かざるもの食うべからず』なんていう標語が受け入れられていた。まあこれは社会主義者が資本家を揶揄するときに使ったことばだったのだけれど、音を上げる労働者に向ける言葉としても拒否感なく使われていた」
「でも昭和の時代にはバブルのイメージもありますよね」
「昭和の終わりから平成の初めだね。この時期産業界は一つのピークを迎え、役人の意識には矛盾が芽生える」
「官僚の憂鬱ですね」
「産業界へ就職した、自分より成績が劣っていた者が自分よりいい暮らしをしている。そして、官僚の仕事が楽なわけでも誇りが持てたわけでもない。特に誇りが持てないというのが致命的だね。本来、官僚は国の統治にかかわる誇り高い仕事なんだ。しかし敗戦による支配は続いていたんだ、その後もいろいろな形でね。だから、官僚は誇りを持てる形で仕事はできていない。直接的には政治家がだらしないという事なんだけどこれにも理由がある」
「なんか怖い話みたいですね」
「ひどい話なんだ、優秀な政治家は皆、殺されたんだ。政治家として殺される場合もあるし文字どうり殺されることもある」
「権力闘争ですか?」
「それを超えた支配だね。洗脳を前提とした支配が行われていた。民衆は気づいていない。そして民衆は金儲けに邁進した。悪いことではない、生活は向上した。でも、豊かになった社会で官僚は立つ瀬がない。そして馬鹿でもない。むしろこの時期一番優秀な連中が集まっていた」
「どうしたんですか?」
「自分たちも金儲けを画策する」
「違法ではないんですか?」
「贈収賄のことか?」
「はい」
「そんな単純なことはしないよ、もっと大掛かりで醜い」
「何をしたんですか?」
「天下りだよ、聞いたことあるだろう」
「でも、それは官僚の定年後の再就職のことですよね。多少の優遇はあっても世の中そんなもんではないのですか?」
「程度問題だよね、確かに。でもタガが外れていたんだよ。一説によれば死ぬまで億単位の収入を保証されるコースもあったらしい」
「流石に大げさではないですか?」
「一般に天下りというのは楽な仕事と多額な退職金を重ねて収入を得るのだけれど、社外取締役とか顧問とかいう名目で公けには追えない収入を生涯得ているらしい」
「それは、嫉妬を買いますね」
「問題はそういった天下りシステムを成立させるには庶民の犠牲が必須な所なんだ。嫉妬どころの話ではないんだ。明るみに出ればまさに暴動、血が流れる話だ」
「なにがあったんですか」
「増税だよ。経済発展を無視した増税政策を繰り返した。増税して集めたお金を補助金として産業界へ流す。その見返りが天下りだ。結局、官僚は社会発展に寄与していない。寄与しようにも支配を受けているのだから仕方がないだろうと穴を捲ったんだ。結果経済は停滞して、庶民の暮らしは徐々に苦しくなっていった。それが平成の時代だ」
「破綻の臭いがします」
「きっかけは減税政策を潰した税調の代議士に卵がぶつけられたんだ。記者会見の最中だった。その代議士が毅然として『無礼で卑怯だ』と怒ったんだよ。火をつけてしまった。すかさず『殺されるよりいいだろう、ブチ殺してやりたいぐらいだ』と声が飛んだ。その代議士は引きつった顔を残してSPに庇われて逃げ帰っていった」
「どっちへ転んだんです?」
「卵をぶつけた方が勝った。民衆は支持した。その後、天下り官僚の収入と現役時代の増税政策などが晒されていった。住所や行動パターンも調べられた。そして次々に卵が投げつけられた。そうなると優秀な人材は官僚にはならない。怖くて増税などできない。でも本当の問題は、官僚が誇りをもって仕事ができていない政治状況なんだよ。国家統治を下支えする誇りある、遣り甲斐のある仕事が、いつのまにか寄生虫のようになっていた」
「そんな国は滅びますね」
「そうだね、瀬戸際だったんだろうね。でも一つのきっかけになった。そして後世たまご革命と呼ばれるようになったんだ」

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