見出し画像

#7 こんなことがあった(ひとりで食べた河豚とケーキ)

大学院生の頃、父は下関に単身赴任していた。

大学院生は暇なんでしょ、という自説をもっていた母の命令で、長期休み中は青春18切符を使って、父の社宅(役職付きだったのでそこそこ立派な一軒家)の掃除に何度か行かされたものだった。

鉄道趣味の嗜みがあり、多分分類的には「乗り鉄」みたいなところがあるので、大阪南部の家を早めに出て、電車を乗り継いで下関(正確には長府)までの鉄道旅自体は嫌いではなかった。その話はまた別の機会にしようと思う。

父と考え方がある程度似ていて気が合うと母には思われていたし、生き残り戦略的に父にシンクロしていただけあって、父の考え方や感情の波は確かに把握できていてそれなりに如才なく振る舞えはするが、父は家族に対しては淡白なので、大阪から娘が来たから、「じゃ、どこか行こうか」と思うような人ではなかった。感覚的に無償労働の家政婦さんが来たという感じ、あるいはよくわからない九州男児を理想として演じていたので、妻や娘はそういうものだと思っていたのかもしれない。

まあ、そんなものだと思っていたので、指示通りに社宅の片付けやいただきものの整理などをした後は、時間の許す限りひとりで長府や下関、門司、柳川あたりまで出かけて楽しんでいた。そういうふらふらとさまようことは好きだった。

そういう掃除のために父宅へ行ったある冬の日のこと、父がちょっと気まずそうに「あ、今日、食事の贈り物があるから」と言った。贈答品があることをわざわざ告げることはないので珍しいなと思っていたところ、続けて、「俺は会社の奴と飲んだりしてくるので、その食事は好きにしてくれていいから。多分遅くなる。」と言って、家の前まで来て待ってくれていた運転手さん付の車に乗って出勤した。

夕方、届け物があった。父が言っていたものだと思って受け取って開けてみると、ケーキと青い綺麗なお皿に盛られたてっさだった。

下関と来ればふぐ(ふく)だけれど、何なんだこれは。

ケーキにのったプレートを見ると私の名前が書いてあるが、「~ちゃん」と子ども扱いだ。

なんとなく察したのは、珍しく父が「娘が大阪から来る」と会社で話をして、どなたか気の利いた人がお嬢さんが来るのだったらちょっと贈り物を、と思ったのだと思う。なんとなく10代の小娘だと思っているみたいだったけれども。

さて、ケーキはホールケーキで、てっさはお皿いっぱいに盛られているので少なく見ても2,3人向けだろう。娘さんの話が出たくらいだから、大阪から娘さんが来ている時は一緒に食事やお出かけをするのだろうと一般的な仲の良い家庭を想像してくれたその贈り主には本当に申し訳ないけれど、うちの父は家族よりも仕事付き合いや大学時代の友人付き合いの方を優先するタイプ。

仕事>大学の仲間>自分の親と兄弟たちおよび甥姪>>>>>自分の家族 だ。

結局そのケーキとてっさは私が一人で二日に分けて食べ、もともと甘いものはあまり食べないこともあって、しばらくケーキは見たくないです、ごめんなさい。という状況になったのであった。父が帰ってきたのは深夜だったので一人て楽しく食べました。

てっさは、というと、てっさもふぐのから揚げも魚にしてはあっさり目なので、あれはいくら食べても「もう見たくない」という状況にはならなかった。

ただ、そこそこお高いので、そういえばここしばらくご無沙汰している。