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自業自得の始まり

私の人間関係のつまずきは遡ること6歳、保育園の年長さんからだ。

引っ越しに伴い隣の市町村にある保育園へ年長の年に転園した私は異様な空気に戦いていた。年長ともなれば、未満児あるいは年少から共に過ごした時間が既に仲間意識を作り上げている頃。所謂わたしは“よそ者”なわけだ。

この保育園ではこういうルールだ、このクラスでは、友達の間では、こういうルールで生活しているのだと同じ年の子たちに強く教えられる。

ある日、しずかちゃんというクラスメイトが園児の手拭いかけの中で体操座りをして俯いていた。不思議に思い勇気をもって「なにしてるの?」と声をかけた時だった。それに気付いたきょうこちゃんが「しずかちゃんもういいよ!はい、次はてかりちゃんの番!」そう言って私を手拭いかけの中に座らせた。「いいよって言うまでね」と言い残しきょうこちゃんは去り、遠くで友達と楽しそうに遊んでいた。

幼心でもわかった。これは仲間はずれにされているのだ、と。

私はきょうこちゃんに言われた通り、そしてそれまで座っていたしずかちゃんの真似をして体操座りでその場から動かずにいた。結局きょうこちゃんが呼びに来てくれることもなく、先生の集合の合図で静かにその儀式は終わった。

それから私は毎日仮病を使うようになった。「先生、お腹が痛いから帰りたい」そう言うと先生は体をさすってくれたり話を聞いてくれたりした。気付くと先生はいつもそばに居てくれていた。毎日毎日「お腹が痛いから帰りたい」と先生に言うけれど、当然仮病だとバレているので先生は両親に迎えに来るよう連絡してくれたことは一度も無かった。

ある日私はいつものように「お腹が痛い」と帰りたいことを伝えた。園児の集会で全員が集まって座っている時だった。すると先生は「先生もお腹が痛い…」と言って自分のお腹をさすっていた。

── 絶望だった。それきり私は先生へ仮病を使い「お腹が痛い」と言うのを我慢するようになった。

それから徐々にクラスに馴染んではいったが、近所のまゆちゃんが保育園で突然「てかりちゃんが家のお金盗んだ」と言い出した。一度もまゆちゃんのお家へ行ったこともない。なのになぜ。そう思ったら返って言葉にならず黙ってしまうと、それを聞いていたクラスメイトは私ではなくまゆちゃんの言うことを信じてしまった。

あまりの衝撃に初めて母に相談した。母は先生に、先生は園児に聞き取りをした。だが皆「知らない」「忘れた」と言っていた。

卒園し、小学校へ上がってからも度々こんなようなことがあった。中学に上がった時は完全なイジメにあった年もあった。私は度重なる人間関係のいざこざに対し、自分に原因があるかもしれない可能性を考えることすらせず「上手くやらなくちゃ地獄に落ちる」と、八方美人になっていった。

そして高校で“自業自得”という言葉をひっさげて、私の心は完全に折れた。


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