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日本国憲法第七十四条

法律及び政令には、すべて主任の国務大臣が署名し、内閣総理大臣が連署することを必要とする。

やっぱり文章は、満たされない何かを埋めるための手段だったのだろう。抱えきれない思いを、やりきれない気持ちを、一人ではどうすることもできないモヤモヤを吐き出すためのツールだったのかも知れない。
前回73条を書いてから22日も経過していた。きっと、満たされた22日間だったのだろう。あとは単純に、時間がなかった。

「引っ越したら大きい冷蔵庫を買おう」
彼が今日、そう言った。
私たちは今、同居(同棲というより‟同居”という感じがする、あとは照れ隠し)に向けて物件探しの真っ只中である。約一ヶ月前、「ここなら」という物件を見つけた。家賃も立地も申し分なし。しかし同時審査の末、別の人たちに契約が決まったと連絡が来た。
不動産屋の営業担当からのメールを毎日アホみたいにチェックした。それでも、「申し訳ございません。別の方に決まりました」という悲しい悲しい文章に対しても、「かしこまりました。ありがとうございました」ときちんと返信した私は偉いと思う。
よし、ここから本腰を入れてやる、と一人なら思っただろう。

私は元々、自分の思い通りにならなかったことや希望が叶わなかったことにそれほど絶望はしない。残念、がっかり、とは思っても割とすぐに切り替えられる。だけど今回は一人では決められない事案だ。二人で住む家、二人で決めること。そして物理的な問題だけでなく、(少なくとも私にとっては)センシティブでナイーブな側面も孕んでいる。

一緒に暮らしたい。そこには額面通りの「一緒に暮らす」ということだけではない意味も当然ある。その先には結婚も、それに付随して親への挨拶とか仕事はどうするとか子どもは欲しいかとか、そんな色々な、本当に色々な考えなくてはいけないことがある。
そういうことを、話題に出して良いものなのかどうか私には分からない。馬鹿なふりをして聞いてみても良いのかも知れない。ねえ、結婚式ってしたい?子どもって好き?そんな風に。

私は彼が好きだ。どうしようもなく、好きで好きでたまらない。できるだけ長く一緒にいたいと思うし、そのための最善は尽くしたい。だから、私の‟馬鹿なふり”なんていう軽率な行動によって取り返しのつかない事態になることは避けたい。
回りくどくなってしまったが、要するに「二人が気に入った物件がダメになってしまった。さて、この後どうする?」は私にとって大問題なのだ。

私は恐る恐る提案した。
仕事や学校があって二人で動くことは難しい。だけどタイミングを逃してこの前みたいに逃してしまうのも悔しい。私は今なら割と動けるし、一人である程度絞って二人で時間が合ったときに見に行くのはどう?と。
もし焦って決めるのが嫌だったら取り敢えず一旦一緒に住む自体を保留にしてもいいけど、という一言も忘れなかった。
私に負担をかけることになって申し訳ないけれどそれでいいなら、と返事があった。

前向きな返事がもらえて嬉しかった。それなら、と元住宅営業と引っ越し歴3回の経験を活かして物件探しに取り掛かった。というのが、昨日のこと。
絶賛有休消化中の現在、仕事から帰ってきた彼とご飯を食べながら他愛もない話をしていたところ、冒頭の言葉が出てきたのだ。

「引っ越したら大きい冷蔵庫を買おう」
こんな嬉しい提案あるだろうか。正直、彼も物件探しに関しては前向きな考えを示してくれたが私一人で突っ走っているのではないかという懸念は拭えなかった。一緒に住みたいと思っているのは私だけでは、というお得意の被害妄想がやはり頭の片隅にはあったのだ。

色々なハードルはある。考えなくてはいけないことも、センシティブでナイーブな問題もある。だけど、一緒にいたい。できるだけ長い時間、同じ空間で過ごしたい。そんなシンプルで単純な思いは少なくとも一致しているのだと、その一言で感じられた。



カレーはそんなに好きではないけれど、この前ドライカレーを作ったら喜んでくれた。ハンバーグも面倒臭いし、一人では絶対に作らないけれど美味しいと食べてくれるのが嬉しくて2回も作った。
彼が作ってくれた餃子も美味しかった。素麺を茹でると、大きい鍋からザルに移すのを代わってくれて素直にありがとうと言えた。
彼はビールを、私はレモンサワーを、毎晩飽きもせず飲み続ける。
だって美味しいから。だって楽しいから。
何が楽しいって、一緒に食事をしながらお酒を飲むことなのだ。

西友のネットスーパーで、明日のご飯は何にしようと考える時間が、溜まらなく愛おしいのだ。今はどちらかの家で殆ど毎日一緒に過ごしているけれど、これが本当に同居することになって同じ屋根の下で過ごせるようになれたら、それこそ夢のようだ。

結果落ちてしまったが、前回物件の申し込みをしたときの書類を今でもたまに見返す。二人の名前が並んだ書類。二人で署名した書類。契約者に彼の名前が書いてあり、その下に私の名前を書いた。続柄はどう書けば良いのかと調べると、「同居人」だそうで、あまりも淡泊で笑ってしまった。そうだよな、さすがに「彼女」とは書かないか、と。

やっぱり満たされた22日間だったのだ。今日は、私の作ったナスのラザニアとポトフを食べて満腹になり一瞬で寝てしまった彼を横目に書いている。
当然今日もビールとレモンサワーで乾杯をした。日食と月食の仕組みについて教えてくれたけれど、全く理解できなかった。馬鹿なふりをしなくてもちゃんと私は馬鹿だった。

ずっとこのままで良いとも思うし、その先も求めてしまう。だけど。
彼の白髪染めをしているとき、コンビニで彼のタバコを買ったとき。
素麺を茹でた鍋を持ってもらったとき、背中にクリームを塗ってもらったとき。
互いに、ずっと自分でやってきたことを相手に頼んだり頼まれたりするということが、きっと「一緒に生きていく」ということなのだと思う。親も子どもも、この際どうでも良い。ただ彼と、ずっと一緒にいたい。

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