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日本国憲法第五十六条

両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。
2.両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。

何が分かったのかよく分からなかったけれど、取り合えず頷いておいた。
「こんなにすぐ分かるのはおかしいと思うかも知れないし、分かったからといってうまくはいかないかも知れない。それでも分かったから大丈夫だよ」
何を?どういう風に?と思ったけれど、口には出さなかった。多分だけど、本当に分かったのだと思ったから。

パジャマの上にダウンを着て、そっと玄関のドアを開けた。携帯とイヤホンだけ持って外に出た。思ったより寒くはなかった。
いつかもこうやってこっそり部屋を抜け出したことがあったっけ。あのときは確か、途中で何度も電話がかかってきたんだっけ。本当のことはもう聞けない。あの人は死んでしまったから。
どこまで歩くかなんて決めずに、ただ大通りに沿ってゆっくりと歩を進めた。途中で妙な動きをするおばさんとすれ違ったり、意図せず若い女の子の背後についてしまい少しビビられたり、逆にランニングをするおじさんの気配に気づかず驚いたりした。家の近所だけど駅とは反対方向でほとんど通らない道だった。こんなところにお弁当屋さんがあるんだ、と店頭に張り出されていたメニューを眺めたり、こんなに駅から離れた接骨院でやっていけるのかな、と無駄な心配をしながら、極めて現実に近い場所で現実逃避をした。家の近所だろうが、自分の周りで起きていること以外は現実ではないんだろう。きっと。

一時間ほど歩いて部屋に戻った。一時間前と変わらない景色だった。ローテーブルの上に乗ったままのマグカップとティーポットを片付けた。私が淹れたほうじ茶は一口くらいしか減っていなかった。
ベッドの上で全く起きる気配のない彼の顔を覗き込んだ。布団の中に潜り込んで手を握った。それでも起きなくて、涙が止まらなくなって廊下に出てまた泣いた。




どうしたらいいのか分からないの。本当はどうしたら良いか分かっているのに、でもそれができないからどうしたらいいか分からないの。
迷惑じゃないって言われても、負担じゃないって言われても、嘘じゃないって分かってるのにそう思ってしまうの。
それって、じゃあ結局私の問題でしょう。
誰のせいとか言っても仕方ないけど、でも私がどうにかしなきゃ変わらないことでしょう。だけど、本当にどうしたら良いか分からないから辛いの。

涙は止まらないのに、脳内は鮮明で言葉だけは明確に口から出てきた。フローリングに直に座っていたためお尻が冷え、少し前にラグを捨てたことを悔やんだ。

二人のことは満場一致か半数になるしかなくて、多数決も過半数も存在しない。だからどちらかが決めた方に進むしかない。何年も積み重なって凝縮した私の思考は凝り固まっていて、適当に置いたネックレスのようにほどくのが難しい。厄介だと、自分でも自分のことをコントロールできなくて諦めてしまいそうになる。
これからどうなるか分からないけれど、頑固で偏屈で面倒な私をまるっと引き取ってくれたような気がして、少しだけ、ほんの少しだけど安心した。

いつかこうなるような気がしていた。この日が来ることを恐れていた。
もういいや、と放り投げて一人でいることを選択してしまうと思っていたけれど、やっぱりそんなことはできないと確信した。だって好きだから。

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