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日本国憲法第三十五条

何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
2.捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

「近々泊まりにくるかも」と思い、部屋を大掃除したのが先週の火曜日。色々捨てて、色々磨いて、来るその日に備えた。
基本的には「今死んでも恥ずかしくない部屋」くらいを基準にしている。多少散らかっていても生活するのは自分一人だし、決して広くない一人暮らしの部屋ではいくら綺麗にしようとたかが知れている。だけどやっぱり、一応女の子の部屋だしな、なんて柄にもないことを思って掃除を始めた。

予想は的中し、その週の土曜日に自分と家族以外の人間が初めて私の部屋の敷居を跨いだ。別になんてことはなかった。20代前半の頃のように、干しっ放しにしている洗濯物を見られても恥ずかしくはなかった。きっと、昨日履いていた靴下が床に落ちていようと気にしなかったと思う。自身の名誉のために弁明するが、普段靴下が床に落ちているということではない。




ここ数年はユニクロのブラトップばかり着用していたのにきちんとした下着を買いに行ったのも、資生堂で美容部員をやっている友人にメイクの方法を相談したのも、全部彼のためだ。だけどそれも、きっと何でも良かったのだろうと思う。使い古されたヘロヘロのブラトップでも、すっぴんでも、きっと肯定してくれただろう。せっかくだから下着は新調してみるけれど。

一人でいることに慣れすぎて、混乱することばかりだ。どんなに煌びやかで麗しい言葉を浴びても、身体が真っ赤になるまでシャワーを浴び続け、引っ掻き傷は増え続ける。満たされることと不安がなくなることは必ずしも同居しない。
気持ちが落ち着かない。誰かと一緒に居るって、こんなに難しいことだったっけ。




二十歳のときにアホほど一緒に居た彼のタバコの匂いを、もう忘れてしまった。これで甘いものでも買っておいでとお金を渡されコンビニに向かい、あ、タバコもお願いと言われてドアの前で分かったと振り向く私は、多分だけどとても可愛かった。一回り以上離れているのに、こんなに話が合う人は初めてだった。
きっと恋愛じゃなかった。特殊な関係故に嫉妬と憎悪を勘違いして恋愛感情だと思い込んでいただけだ。お互いに。

今この部屋で死んだら、きっと誰か知らない人が私の部屋に足を踏み入れるのだろう。結構綺麗な部屋だな、と思ってもらえたら本望。少ない荷物を、どうか詮索することなく破棄してやって欲しい。

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