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日本国憲法第二十八条

勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

ただ一人、誕生日に「おめでとうございます」と当日にLINEを送る相手がいる。彼のことはほとんど何も知らない。たまに飲みには行くけれど、確かな情報は11月20日生まれだということだけだ。
先日久し振りに飲みに行った際、初めて会ったのっていつでしたかねぇ、なんて話していたが、俺が初めて認識したときはまだ制服着てたよ、と言われて顔から火が出そうだった。10年も前から知られているなんて、しかもまだ高校生の自分を見られていたなんて恥ずかしすぎる。そして何故あなたはそんなにも変わらないのですか。




1992年生まれの私が唯一覚えている日本でのストライキといえば、2004年に行われたプロ野球ストライキである。当時小学生だったか中学生だったか記憶は定かではないが、何だか大変なことになっている、と子どもながらに衝撃的だったことは鮮明に覚えている。そして、あれがもう16年も前の出来事だったということにも衝撃を受けている。

一概に‟揉め事”と言ってしまうのは良くないと思うが、年々そういった争い事が苦手になっている。大人になるにつれ感情が希薄になってしまっているということもあるが、何かに逆らうという行為自体しなくなった。良く言えば器が大きくなったとも捉えられるかも知れないが、要するに色々と面倒になったのだ。
「感情どこ行った」とはよく他人に言われるが、その中でも「怒」がどこかへ行ってしまったようで。多少の理不尽や違和感では動じなくなった。まあ、そういうものだよなと。
自分の身に降りかかることなら、そうやってサッといなしてなかったことにできるが、代わりに自分ではどうしようもないことに対して敏感になり食らうようになってしまった。

役所の窓口で怒鳴る大人。職場で聞こえるコソコソ話。
残念なことに聴覚過敏な私は、聞きたくないものまで耳に入ってしまう。見たくないものは目を瞑れば済むが、さすがに仕事中急にイヤホンをつけるわけにもいかない。

「怒」がどこかへ行ってしまった代わりに、「悲」や「苦」に変換されるようになった。それが、まあまあしんどい。結構しんどい。これを生きづらいと言わずなんと言う。意地でも言いたくないけれど。




オンライン授業が続き、個人面談もオンラインで行われた。zoomで先生と一対一。何か悩んでいることや困っていることはある?と聞かれたが、さすがに「先生に強く当たる生徒をどうにかして欲しい」とは言えず、大丈夫です、と笑顔で答えた。70名以上の生徒と一人一人向き合っているのだ。私ごときが意味不明な負担をかけてはいけない。
担任の先生の顔は7月以降一度も見ていない。どうしているのか、他の先生たちもよく知らないようだった。

慣れないオンライン授業。担任不在。実習行く行かない問題。
色々ある。あるけれど、もうそれを言っても仕方ないでしょうと私はそっとPCを閉じる。10代の頃だったら、直接会えないからと強気になって発言してんじゃねえとイライラしていたところだが、もうそんな気力もなく。耳を塞ぐことはできないけれど、PCを閉じれば声が聞こえなくなるのはオンラインの特権といったところだろうか。

担任のことを考えると胸が苦しくなる。
先生も神様ではない。元気でなくてもいい。もう二度と会えなくてもいい。生きていてさえくれれば。それだけを願う。




私の発散場所はここにある。嫌な音を遮るために閉じたPCを再び開き、noteを開く。脳内を整理し、それを言葉として排出する。
ストライキに衝撃を受けた小学生のときも、感情を制服で包んだような高校時代も、色々とコントロールできなくなった20代前半も、私の言葉は私だけのもので、それが支えになっていた。何かに逆らわなくても、思い通りにならなくても、一度腕を組んで目を閉じ、一息ついて文章を書く。これで軌道修正できる。
生きづらさを感じているように見えて、案外うまいことやってるんですよ。

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