見出し画像

日本国憲法第三十八条

何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2.強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
3.何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

それが現実味を帯びた瞬間、とてもつまらないことのように思えた。決して、これまでの自分の人生が輝きに満ちたものだった訳ではない。だけど、確かに‟自分だけのもの”だった。
もう何年も、「大体のことはやった」と言い続けている。言葉とは恐ろしいもので、馬鹿みたいに言い続けていると本当にそう思えてくる。

「やってないことと言ったら結婚と出産くらいですよ」
「実家のピアノはもう何年も誰も触っていなくて、恐らく母は孫に弾かせたいと思っているんでしょうけど、姉は結婚する気ないみたいで」

他愛のない会話の一部だったけれど、一瞬の間があったこと、次に出てきた言葉が全く脈略のないことだったことを私は気付いてしまった。まだ出会って間もなくて、恋人になって間もなくて、だけどずっと一緒に居られたらと思うことも事実で。引かれたくないし嫌われたくないから得意のポーカーフェイスでおくびにも出さないようにしているけれど。
好きだと言ったのは私の方で、好きになられたから好きになったのは彼の方。もしかしたら私が結婚したいと言ったらしてくれるかも知れないけれど、こんな危うい関係あるだろうか。




「好き」と面と向かって言われたら、よっぽど嫌いでなければその人を意識するようになるだろう。きっとキスも拒まないし、ホテルにも行ってくれる。その一夜の責任を取るために取り敢えず付き合ってみるくらいのこともするかも知れない。
これは不利益な供述の強要に当たるのではないか。私はずっと、彼に罪悪感を抱かせてしまっているのではないだろうか。

もし彼と結婚したら、とぼんやり考えてみた。35歳の男と28歳の女が付き合って、将来のことを考えないほうが現実的ではない。
だけど、急に脳内がゆわんと揺れた。薄く灰色に曇り、精彩を欠いた。
一人暮らしの自由とか、そんな陳腐な幸せなんてもういらない。そんなものが惜しいんじゃない。でも、はっきりとは分からないくすんだ何かが眼前に現れ、急にとても価値のないことのように思えた。

これも自己洗脳の一種なのだろうか。彼に悟られてはいけないとか、意識し過ぎてはいけないとか、そんな風に思うがあまり自ら「つまらないこと」と思い込ませてしまったのだろうか。私自身も、きっと何が本当で何が嘘か分からなくなってしまい、脳内に棲む正体不明の何かに自白を強要させられているのだろう。




ずっと自分を思慮の深い人間だと思ってきた。だけど勘違いも甚だしく、恐ろしく浅はかな人間だということにようやく気付き赤面している。
本当になりたい自分になったとき、隣に居てくれるのは一体誰なんだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?