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日本国憲法第十七条

何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。

公務員だろうがそうでなかろうが、違法な行為をした場合は然るべき措置を受ける。その代わり先生も国会議員も神様ではなく、普通の人と同じような確率で過ちを犯すとも思っている。
間違えたら迷惑をかけた人に謝るべきだし、責任も取るべきだとは思う。その正しい方法が謝罪会見だとも、辞職だとも思わないけれど。

飽きもせず営業時代の話をする。
入社してすぐ配属になった店(住宅展示場のこと)は支社の中で最も成績が良い拠点だった。若くして責任者になった30代半ばの店長は、支社の売上のおよそ半分を担っていた。実力がものを言う世界で、40歳になっても50歳になっても店長になれない人たちがゴロゴロいる中、彼は5年目の27歳のときに店長に就任。30歳で売上全国一位になり社長賞を受賞した。
とにかく効率重視で、頭の回転と喋るスピードが恐ろしく速い人だった。何をしても「遅い」「次は?」「それで?」と返された。威圧感がものすごい。それは190cmもある身長のせいだけではなかった。

それでも、商談に出てもらったときの安心感は本当に凄かった。お客さんがどんどん前のめりになる。店長の話に聞き入っているのが手に取るように分かった。
当然上司からも気に入られており、毎晩飲み歩いては翌日二日酔いで現れた。典型的な、「売れっ子営業マン」だった。

休日なんてあってないようなもので、毎日朝から晩まで働いても仕事は終わらない。一年目のペーペーだった私でさえ、仕事の夢を見ない日はないほど日々追い詰められていたのに、その何倍もの仕事量をこなすのは並大抵のことではない。当然スピードも効率も私の比ではないが、それでも自分の案件に加え上司からの圧力や後輩のサポートといった両手を広げてもまだ足りないくらいの有象無象を抱えていた。
そのため、私たちのような若手社員の重要な仕事の中に「店長のお手伝い」というものがある。商談に同席してもらう代わりに、お店の売り上げを作ってもらっている代わりに、お客さんに直接会わないような、雑務諸々を一手に引き受ける。
補助金の申請や役所へ提出する書類関係、次のプレゼンに向けての資料作成など、「絶対やらなきゃいけないけれど自分じゃなくてもできること」を部下に任せる。一方私たちも、日々追い詰められてはいるが仕事がないときもあり、そんなときに「店長のお手伝い」で予定を埋められるのはちょっと有難い。

仕事に追われているときもあるし、仕事がないプレッシャーに追われているときもある。どっちも辛いししんどいけれど、仕事があるときの方がまだマシと思えるほど「予定がない」ことが万死に値するという扱いを受けてきた。何せ、手帳を持って部長の前に立たされるのだから。


事件が起きたのは、私が例の売れっ子店長から離れ穏やかお父さん系店長の元に配属移動になったときだった。
相変わらず支社の売り上げトップをひた走る店長だったが、あまりの時間のなさから、本来お客さんが書くべき書類を部下に書かせ、役所に提出させたのだ。これは「有印私文書偽造」という犯罪に当たる。しかも、自分ではなく部下にやらせてしまったことで問題はこじれた。
お客さんは当然激怒。部長から支社長から総出で謝罪に向かった。
どんな風に鎮静化したのかは分からないが、減俸だか始末書だかで一応事は収まった。

それでも、店長は支社に残り続けた。いっそ飛ばしてあげれば良いのにとも思ったが、そんな重罪を犯してもなお彼の能力や売上に頼り切りだったのだ。
いつもパワーが漲る、大声かつ早口で話す彼の姿を見ることがなくなった。店長の座を降ろされても、その実力は変わらないから同じようにプレッシャーも受けるし部下の指導も任される。ただ、役職が付かなくなったことで仕事量も求められることも変わらないのに給料だけが激減した。

もう直属の部下ではなくなったからか、時々私にも電話がかかってきた。電話の内容は愚痴やボヤキばかりだった。可哀そうだとも思ったが、初めて見る店長の姿に私も店長から受けてきた数々の仕打ちを思い出し、少し顔がほころんでしまった。ただ、朝礼で彼の後ろに立ったとき、見上げた彼の頭部に10円禿ができているのが見えたときはちょっと泣きそうになった。



責任を取る、イコール辞職というのは些か安易のように思える。ただの仕事放棄ではないかと思う。間違いをしてしまったのなら、その倍でも3倍でも働いてその成果で誠意を見せるべきではないだろうか。
失言、謝罪、Twitterで炎上、辞任。この何の生産性もないループはどうにかならないだろうか。

いっそのこと、請願権を行使して然るべき文章を作成し、然るべき場所に提出しようかな。

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