ピロリ菌から考える、吉澤嘉代子「胃」
あなたの胃を弱らせたのは何か?
吉澤嘉代子の「東京絶景」というアルバムの中に「胃」という曲がある。
わがままな"わたし" が相手の胃を弱らせ、別れることになってしまい、反省して悲しむ物語。
それが、"キリキリキリキリ" "ムリムリムリムリ" "スリスリスリスリ" といった言葉遊びを交えながら、軽やかに展開していく。
歌詞自体は"はあ" というため息で終わるが、吉澤の歌唱はその後も続き、"キリキリキリキリ"という言葉をヒステリックに歌いあげていく。最後のフェイクは、痛みにもだえ苦しむうめき声のようだ。
ピアノが特徴的なサウンドも、最初は淡々としているが、後半では胃がよじれる様をあらわすように激しくなっていく。
私はこの曲を聴いたとき、その終盤の表現から、
"あなた" の胃の痛みが"わたし" にも移ってしまった"
ように感じた。
最近は変わって、"わたし" は"手紙をスリスリ"して泣いても"あなた"の痛みはわからず、はあ、というため息で切り替えた、ととらえている。
切ないが、他人の痛みをわからないことは、仕方ないことでもある。
解釈は人それぞれだと思うが、どちらにせよ、胃がキリキリ痛んだ"あなた" はかなりかわいそうだと思い、同情していた。
しかし今回、この"あなた" にも非はあるのではないか?と考え始めた。
私は先週検査の結果、ピロリ菌に感染していることがわかったのだが、
この「胃」の歌詞における"あなた" も同様に、
ピロリ菌に感染していたのではないか?
という可能性を疑い始めたのだ。
説明しよう。
ピロリ菌とは胃の中に住む細菌で、胃炎や胃潰瘍が再発する人は、この菌に感染している可能性がある。
ピロリ菌は、ある種の酵素を作り、それと胃の中の尿素が反応してアンモニアが発生する。これによって直接胃の粘膜が傷つけられたり、ピロリ菌から胃を守ろうとするための免疫反応により胃の粘膜に炎症が起こる。
まあつまり、この菌がいると胃が弱りやすいということだ。
20代~30代では20%の感染率ともいわれている。
話を戻そう。
そんなに胃が痛いなら、
"あなた"も、ピロリ菌に感染しているのではないか?
と考えてみる。
そうなると話は変わる。
たしかに"家では女王様" の"わたし"も悪いが、
そもそも"あなた" は病院に行って、検査をしたのだろうか?
病院にも行かず、自分の胃の痛みを一方的に"わたし" のせいにしていないか?
"おまえは変わらない" とか言ってるけど、あなたが病院に言ってれば、その痛みは治ったのでは・・・?
"さよならになっちゃう"まえに、通院してくれれば、"手紙をすりすり"しながら"わたし"が泣くこともなかったのに!
そう、もしピロリ菌が原因なのだとしたら、このバッドエンドはなかったのかもしれないのだ。
この、
当事者間の問題かと思いきや、意外と別のところに原因がある
というのはアリがちな話だ。
知識があれば・・・!
誰かに相談していれば・・・!
というところでは、恋愛という当事者間の濃い関係の中で、お互いがお互いしか見えなくなってしまったことが、二人の破綻の原因にも思える。おそらく"あなた" も気持ちを抱えやすい性格だったのではないだろうか?
"あなたの胃を弱らせた わたしのわがまま"
"おまえは変わらない"
"誰にも本音 言えなくて すべてぶつけていた"
関係性の狭さこそが、原因だとしたら、
「変わらないわがままなわたし」という個人の性格に言及してしまっているこのヒロインは、無駄な自己批判をしているようにも思える。
わたしは思うのだが、人間関係に誰か一人が悪いことはないのだ。それぞれの人間がいて、まわりの環境があって世界は成り立っているのだから。
次の恋が、彼女の視点を広げてくれるようなものであることを、願うばかりである。