【連載小説】夏の恋☀️1991 シークレット・オブ・マイ・ライフ㊸
日曜日(1991年7月21日)おれは、やることがない。やるべきことはあるはずなのに、それが何なのかわからない。
さっき桃子に電話をしたが、きょうは会えないという。あっそ。二度と会いません、と思って、がちゃり、感情的に受話器をおいた。
久美子に電話をした。1時間ぐらい話した。なんの話をしたのかは覚えていない。そういう系の話。母ちゃんが「だれ? なに話してるの?」と受話器越しにも分かるように大きな声でいってきたので、切った。
電話を二階に切り替えて、久美子から連絡先をきいた、お嬢に電話した。
「はい、もしもし、ヤマザトでございます」
「あ、もしもし、あの」
しまった、と思った。お嬢の名まえを知らないのだ。
「えーっと、あの、すみませんまちがえました」
「JJ?」
「あ、え、お嬢?」
「はい、そうよ」
「なんだそうか。声がちがうな、電話だと」
「かぜをひいたの、ちょっと(鼻声」
「あ、おれも」
「いやねえ。たしかに鼻声だわ」
「そうだな」
そして、よくからない話をした。どうでもいい話。宿題の数学ドリルの解答・解説の冊子をナーガが手に入れたとか。ナーガって誰? ああ、ナガセのことか。とか。
「桃子はもう行ったの?」
「ううん。まだいるよ」
「そう。JJ、どうするの?」
「ん? うん」
「きもちをつたえるべきだわ。好きなんでせう?」
「ん、うん。どうやって?」
「言えばいいじゃない」
「なんかいも言ったけど」
「それで? むこうはなんだって?」
「いや。なんだってというか、別にそういうことじゃないんだよ」
「どういうことよ、じゃあ」
「お嬢はナガセが好きなんだろう?」
「え!? なんで知ってるの?」
「いや、そうかなとおもって」
「いやだ、え、え」
「気持ちをつたえるのか?」
「えっ、え、」
「言ったらいいんじゃん。夏だし」
「いやだ、そんな……」
「いやなの?」
「え、え……」
女というのはこういうとき、うっとおしい。男らしくない。だから女なんだよ、と思う。
「やりたいの? ナガセと」
「えーっ、いやだ。やめてよ」
「え? いやなの? きらいなの?」
「もう、なによきゅうに」
「しゃぶったりしたいんじゃん?」
「やめて! きらい。JJ」
「えーもう、なんだよ」
「……誰にもいわないでよ」
「なにが、ナガセのことか。お嬢がナガセのこと好きだということだな?」
「いじわるしないで」
「はっきり言えばいいじゃん」
「JJだって、はっきりしないさいよ。桃子のこと」
「したいよ。はっきりと。しかしはっきりしないから困ってるんじゃないか」
「何を言っているのかわからないわ」
「だからわかんないんだって、おれも」
「うーん。じゃあ、手紙書いてみれば?」
「ふむ。なるほど」
「書いてみれば、じぶんのきもちがはっきりするかもしれなくてよ」
「なるほどなるほど。いいこと言うじゃねえか。お嬢も、書いたことがあるのだな、手紙を」
「かいたわ」
「それでまだ、渡してないんだろう」
「そうよ」
「ふむふむ、ふむ。ありがとうお嬢。手紙書いてみるよ」
「それがいいと思うわ」
「うん。じゃーねバイバイ」
「さようなら」
ガチャ。おれは部屋に小走りでいって、ノートをひらいて、シャーペンをもった。
さて。「桃子へ」
えーっと。それから先は、一文字も書けなかった。それはそうだろう。このときのおれは、まだそれらの類の文章を、書くことはできなかった。
まだ、子どもだったのだ。
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本稿つづく