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【金】わたしはお金が大大大嫌いだということ②お金が何処にも無い、いわゆるどんぞこな頃1

 頃、というと今はお金があるような書きぶりですが、何も変わりません。私の生き方は三歳のころから一切変わらず、お金なんて何処にもありません。あるように見えても、無いものは無い。

 私は欲しい物を何一つ手にできていません。今の私が欲しい物は、旅行をする金、全自動麻雀卓、ピアノ(グランド・ピアノ)、金城町の中古マンション(約一億円)3?4エルディーケー、ボクシングジムに通う金と暇と体力。卓球もしたいし、バドミントンもしたい。卓球・バドミントンはひとりではできないので、相手がいる。その相手が欲しい。全自動麻雀卓を買っても、麻雀には少なくとも、私以外に三人がいる。その三人が欲しい。人手。人手不足。これは、お金でどうこうすることができるのでせうか。

 お金なんて要らない。一緒に卓球をする人、バドミントンをする人、麻雀をする人が欲しい。

 ギャンブル。私はギャンブルが好きです。たくさんの人の思いが交錯するから。思いが勝負に集約する。一瞬の偶然にあまたの人の溜息や歓喜がないまぜになる。それがギャンブルです。倍率なんてどうでもいい。穴だろうが鉄板だろうが。ギャンブルギャンブル。ただギャンブルがしたいのです。ドストエフスキーとか、水原一平とかは同士です。水原一平はどうかと思いますが。兎に角、ギャンブルがしたいだけなのです。水原一平は知りませんが。

 チンチロリンが、あるいは純粋な賭博なのかもしれません。

 というかもうギャンブルの話はいいでしょう。

 なんだっけ?

 そう。このように、金も人生も舐めていたので、それなりに痛い目にも会ったという話です。大した話ではありません。

本稿つづく

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