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【掌編400文字の宇宙】老人と孤独な娘

 そのとき、突然、「Q町四丁目は何処でしょうか?」とひとりの娘が訪ねた。風呂敷包を持っていた。老人は咄嗟に口が言えなかった。

「さあ、……」と黙っていた。娘は黙礼して立去ったのだが、左足は跛であった。老人は「あっ。」と思わず息を呑んだ。跛のためか、不便であった。

 そのうち、老人はQ町四丁目の一膳飯屋に寄った。いつも夕方に、ときどき飯屋に寄るのであった。アジが好きだった。見ると、そこに跛の娘が店に立働いていた。老人は娘の顔を見ていたが、娘は知らぬ顔をしていた。娘は老人に膳を持ってきた。老人は飯を食べて、杖を引いて立ち上ったが、土間に杖を転がした。娘は杖を拾ってやった。老人は「有難う。」と言った。

 家に戻って、寝椅子に腰を下ろしていたが、娘のことを思った。髪も、化粧も、素朴な形であった。老人は眼が熱くなってきた。……また、池の辺りにしゃがんだときも、娘のことを思った。

 そのうち五日に老人はまた夕

◇全文引用
 「老人と孤独な娘」(『日々の麺麭・風貌 小山清作品集』小山清 講談社文芸文庫2005年11月24日第二刷)

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