【連載小説】夏の恋☀️1991 シークレット・オブ・マイ・ライフ⑮
男と女が揉めていると書くと、何となく、男がわるいような感じがする。
そのときは、客観的に見て、桃子の方がわるかった、というか明らかにおかしかった。
どうでもいい話だが、ちょっと詳しく書く。本堂のまえに、獅子が左右二体いる。阿、吽という感じ。D寺の獅子は、参拝者が本堂に向かって、ひだりに阿(あ)、右に吽(うん)だった。
その由来をきいてこい、と桃子は彼氏に言っていた。
「おかしい。あうんなら、神さまからみてよ、あちらから見て、ひだりに阿、みぎに吽じゃないといけなくない? ぎゃくなわけよ」
と、桃子は言っていた。
「ぎゃく」
と大声を出した。
やば、とおれは思った。
桃子は、急に、その場、境内にぺったり座った。彼氏はその手をとって、立たせようとする。手をとると、めちゃめちゃに腕をふりまわして。
「きいてこい」
と大声をあげる。
やば、とおれは思った。
騒いでいるので、社務所みたいなところから、寺なので社務所ではないかもしれないが、人が出てきた。おじさんである。
「どうかされましたか」とおじさんは言った。
何だか声がとおる、声である。ぴりっとしていた。
「あのう」と彼氏がもうしわけなさそうにして、あやまって、事の次第をはなした。
「ああ、成る程」とおじさんはいって、ほほえんだ。
それからべらべらと話して、きまりがあるわけではなく、どちらでもいいのです。こちらからとか、あちらからとか、かみさまにはカンケ―ないです。どちらにもかみさまはいらっしゃいますから。
と、めっちゃ解りやすい話をした。
桃子は立ち上がった。彼氏が手をとろうとすると、はらった。
「ももこちゃん」とお嬢が言った。
お嬢、すげー、と思った。
「ひさしぶりー」とお嬢。
「うん」
「お守り買いにきたの」
「ううん、ちがう。やすこどうした」
「お守り買いにきた」
「ふーん」
桃子と彼氏は帰っていった。
お嬢は、お参りをすませてから、家内安全と、交通安全と、学業成就のお守りを買った。
お金が足りなくて、おれが不足分の230円出した。
おまえ、お嬢じゃねえだろ、と思った。
それからみんなで、学校まであるいて戻った。
意味不明な時間。
梅雨が始まっていた。途中、何度か降られたが、だれも傘はもっていなかった。
沖縄では傘をもっているひとは、ほぼいない。
天気予報というのは、ない。晴れも曇りも、雨もない。ぜんぶ混ざっているのが島の天候である。降れば、やがて晴れる。
濡れれば、晴れた風でかわかせばよい。そんな感じ。
本稿つづく
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