【シロクマ文芸部】夜の霧と朝の目
霧の朝の目。
まだ寝ている妻を想像する。彼女は死んだように寝ているだろう。汗をかいて、すごく生きているにおいがするだろう。呼吸は深く、ときどき咳をする。涎が枕に垂れている。
死人の真似をして眠りにつくことがある。まずは表情筋をまったくのゼロにする。顔面の皮膚が重くかんじる。眼球が奥ふかくに落ちてゆく。
次は首、肩。ぼんやりと温かくなる。
上半身、腕。手。指。寝床に沈んでいく。重い。
下半身、腿。膝。脹脛。足首と足。すると浮いているような感じがしてくる。
このような状態であれば、それはそれで悪くないかもとおもえてくる。
妻と過ごした時間や思い出、映像、気持ちは霧の向こうにある。あるのではあるが明瞭に呼び戻すことができる。いつでも。きもちが落ち着いていれば。
別れはせまっているがよくよくかんがえればどうでもよいと思う。
お互いにいろいろと忙しいのだし、おたがいは常に相手のことを想っているので寂しいと感じる暇はない。
私はまだ泣いていないし、妻も絶対に泣かないと思う。
いまのところそういう暇がない。
先のことは知らん。シーラカンス。
まだ明けていない霧の朝。
上空に古代魚がおよいでいる。