【アドヴァイス】文人はそれほど読まなくともよい…読んでも一万冊でいい
文章を書くのに勿論読書は必須である。
赤ん坊を海に投げ込む⇒溺死。これ必定である。沖縄の糸満(漁師町)というところでは、これをやるらしい。もちろん、助ける。大人が。然し溺死寸前まで溺れさすらしい。
それはさておき、読書は必要という話だが、しかし、やっきになってそんなに読まなくともよい。読んでも一万冊ぐらい。あとは読まなくともよい。
読む目的はいろいろあると思う。たのしむ、現実逃避、自慰、勉強、知識欲、好奇心、さびしい、かなしい、つらい、などなど。
私もいろいろな目的で文に接してきたが、文学を志すようになってからは、文章そのもの(に)着目し、これを盗もうとした。自分の文体をさがして読むようになった、自然と。いまでもそんな感じ。よいものがあれば、すぐ盗む。文章の世界に窃盗罪はない。剽窃というのはあるが、これは無断で、そのままほぼぜんぶ盗むこと。これはダメな。
これまでに読んだ本は、およそ六〇〇冊~千冊ほど。読んだというか目を通したというか。ボルヘス流に解釈すると、読めたという本は、一冊もないかもしれない。
兎に角、作文、執筆には読書が必ず要る。と同時に、あんまり読み過ぎるのもよくない。猶及ばざるがごとし、という言葉もあります。
みなさんの文章道に幸多きことを、願っています。