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【掌編400文字の宇宙】紫禁城

「連絡がとれません。北と南とは通じています」

 秋遠近は報告を受けて髭の生えた顎を掻いた。

「米軍は」

「連絡がとれません」

 立ち上がって執務室の窓から新南北京の街を見下ろした。軈て日が暮れる。

 ダイヤル式の電話をとって9、4、8、9。

 この国では旧来の通信方法を採用している。電子などくそくらえだ。何処で誰が聞いているか、知れたものではない。

「はい、はい」

 相手が出た。

「先生、いまどちらに」

「ん? だれだ」

「秋でございます」

「あー、はいはい。どしたの?」

「あの、月が落ちたということです」

「ほう。なるほどな。それで月が上らないわけだ」

 けらけら、と先生はわらった。

「先生、いまどちらにおられるのですか」

「大雪だけど」

「え、どこですか」

「大雪山よ。おまえは物を知らん喃」

「縄弥のですか」

「そうよ。しかし今年は中々秋が来ないな。そうか月が落ちたか。はは、中秋の後でよかったわ」

「先生」

 秋はため息をついた。

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