【読書記録】「21世紀の歴史」ジャック・アタリ
民主主義に対する絶対的な信頼が理想主義的なフランス人っぽさを感じさせる。目指すべき民主主義の形としてシステムではなく道徳に基づく汎地球的な世界を提唱しているが、冷戦時代の西側陣営のように共通の敵がいないと持続しないんじゃないかとすら思う。
未来の考察を含む本に必ずあるこれまでの歴史の概観セクションでは、歴史は宗教→軍事→市場の順で支配階層が変遷していったこと、また市場による世界支配は「中心都市」の変遷の歴史であることを書いているのが独自の着眼点で面白い。私自身、世界史には強くないので中心都市の選定に疑問を抱くところが多いが、当地欧州人の感覚がおそらく最も的確であると信じて以下に列記する。
ブルージュ (1200-1350)
ハンザ同盟の外地商館。
まず郊外にて輪作や馬具、水車など農機具の技術進歩により食料の製品化が始まる。船の後方に舵をつけて向かい風でも進めるようになる。経済が封建システムを凌駕し生活必需品が廉価になる。砂の堆積により港が閉ざされ衰退。
ヴェネチア (1350-1500)
十字軍の造船所からアジアと欧州の貿易港として発展。
ギルドが硬直化し、東ローマ帝国が滅亡して追い出されたギリシア人を受け入れることなく、中心都市の座を明け渡す。
アントワープ (1500-1560)
アジアの香辛料や新大陸の銀と北方の産物の交易点。
保険や銀行などの金融ネットワークが発達。新大陸からの銀の大量流入によるインフレや、軍隊を持たず宗教戦争によってスペイン・ポルトガルとの航路が断絶したことが原因で衰退。
ジェノバ (1560-1620)
複式簿記で有名な会計による金融中心地。スペイン・ポルトガル時代からイギリス・オランダ中心の時代への過渡期に金融と大西洋貿易で勃興。
こちらも軍を持たなかったためオランダとの競争に敗れ衰退。
アムステルダム (1620-1788)
衣類産業と造船(フリュート船)・東西航路貿易で繁栄。
風車を動力とする機械化、船団の巨大化で通商を支配。オランダ東インド会社、アムステルダム証券市場などの商業投資、株式会社形式の発達。
オランダ海軍の弱体化とエネルギー源である森林資源の枯渇、金融危機などにより凋落。
ロンドン (1788-1890)
帝国主義と産業革命を背景とする繊維産業を中心に発展。
インドなどの植民地と綿花・織物交換、市場民主主義の誕生、洋上クロノメーターの発明、水力紡績機発明、大英帝国の全世界支配。
フランス革命以降の大陸の戦争避難者をアメリカが匿い地位向上を受け、株式投機により収益性を賄い始め、バブル崩壊でアメリカにその座を譲る。
ボストン (1890-1929)
石油・内燃機関・自動車産業が中心。
生産コストと賃金上昇で収益性に翳りがさす。セブンシスターズのカルテルで石油価格が高騰し大恐慌、中心都市の地位を降りる。
ニューヨーク (1929-1980)
電気動力、高層ビルなどの大都市化、個人主義。
電力網と家電製品が普及。オイルショックで中心都市の覇権の座を開けわたす。
ロサンゼルス (1980-)
エレクトロニクス・携帯端末・インターネット
この西洋中心的な歴史観が適切なのか、これからも適用できるのかは疑問を抱かざるを得ないが、覇権を国ではなく都市単位で見るのは歴史の解像度を一つ上げることになるのかもしれない。