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【読書記録】「数と建築」溝口明則

図書館から借りていたのに積んでいたため、せめて各章序文と結びくらいは確認しておかなければという義務感から。これを「読書記録」と読んでいいものかは疑問だが、学ぶところがあったのは事実なので、ここに記録を残す。読者には、私が本書を通読していないことを前提にこの記録を読んでいただくことを希望する。

考古学をはじめとして、歴史を研究する際に我々は現代のものの考え方の上ではなく、古代の思考のもとに立脚しようと努力する。しかし建築史においては、比率や幾何学といった現代的な数学に基づいて議論が進む。果たして古代の工人は現代数学の考え方に基づいて建築作業を行なったのか。これまでの研究姿勢に疑問を投じる一冊。

まず黄金比や白銀比と言ってパルテノン神殿などを崇め奉る姿勢に疑問を投げかけている。そもそもパルテノン神殿の黄金比は(本書によれば)恣意的に見出された比率であり、偶然のために現れたものであることは否定せずとも、そこに設計者の意図があったことを意味するわけではない。では古代において比率という概念はどこまで考えられていたのか。本書ではその比率という概念こそ、異端ピタゴラスが発明した「学問としての」数学の所産であるとしている。

そもそも本書において数を扱う行為は3つに分けられている。

1.  数学
数をものから切り離れた独立の概念とみなし、その抽象系について論じる。

2. 計算術
加減乗除などの演算によってものを数える。計算のみに着目すれば数をものと切り離しているが、行為全体を通覧すれば数はものと不可分である。

3. 非数学的操作(序数的操作)
定規や縄などを操作することによって等間隔の目盛などをもとに設計などへ応用する。ここでの数は one, two, three, ... のような量を表す基数詞よりも、first, second, third, ... のように目盛を数える順序を表す序数詞の性格を帯びる。

建築においては主に非数学的操作(および必要があれば計算術)が用いられ、数学の登場する場面は皆無に等しい。比率や幾何学といった概念はこの中でも数学に属するものであり、こと建築において多用するのはよろしくない。

ではどのように研究すればいいかというと、設計図などの歴史文書を有効活用せよというのが本書の立場である。実地測量によって学ぶことも当然多いが、往時の人々の思考の元に立脚しようとするのであれば、その思考を直接記した記録を読むべきであるという立場だ。数学が建築に幅を効かせるようになったのは、ウィトルウィウス「建築論」にて建築に数学を用いる重要性が説かれ、それ以外に主だって系統的な建築の解説書がなかったという背景がある。この建築論をもとにルネサンス以降のヨーロッパおよび古典主義以降の建築には数学が多用されるようになったが、これは歴史的に見ても例外であることを押さえておかなければならない。

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