定年女子のありふれた日常 イオンの唐揚げ
「あいつが作るメシなんてイオンの唐揚げばっかりですよ」
知り合い夫婦の夫が吐き捨てるように言ったセリフが、なぜだか妙に頭に残って離れない。朝ドラ『虎に翼』の主人公猪爪寅子なら、すかさず「はて?」と疑問を投げかけ、自分の考えを論理的に展開し、相手と対話を重ねるのだろう。しかし私は「ん?」とは思っても何が引っかかっているのかよくわからない。
おそらく彼は、妻が家事の手抜きをしているという主旨のことを言いたかったのだろう。しかし、妻はパートタイムから正社員に登用されてフルタイムの仕事をはじめたばかり。手がかからなくなったとはいえ小学生の息子もいる。勤務時間が長くなり仕事と家事の両立が大変なのに違いない。
ここでまた「ん?」と思った。共働きで忙しいからイオンの唐揚げでもやむを得ないのか? いや、専業主婦だって独身だって誰でも出来合いのお惣菜を買っていいはずだ。それに「やむを得ず」なんて、おいしいお惣菜を提供しようと日夜頑張っているお惣菜コーナーの人たちに失礼だ。
お惣菜というワードから2020年の「ポテサラ論争」を思い出した。幼児連れの女性が総菜コーナーでポテトサラダを買おうとしていたら、高齢男性が「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」と言うのを目撃した人がSNSに投稿し、13万件を超えるリツイートがついたという件だ。
そこで、一人で脳内唐揚げ論争をやってみることにした。
出来合いのお惣菜反対派の主張は「主婦なら手作りすべき」「手抜きはけしからん」といったことだろう。そもそも手作りって何?どこから手作りと認定されるのだろうか。「冷凍の唐揚げをレンジでチンする」「冷凍の唐揚げを油で揚げる」は、たぶん認定されないだろう。
では「市販の唐揚げ粉を使って揚げる」のはどうだろう。味がついた唐揚げ粉を使えば、ニンニクやショウガをすりおろし、酒・醤油などの調味料を合わせて下味をつける手間はかなり省ける。しかし、揚げたあとの油の処理や油で汚れたコンロまわりの掃除は、唐揚げ粉を使わなかった場合と同じで大変だ。
ところで、「手作りだ」「手抜きだ」と認定するのは誰だ?よその誰かが認めても認めなくても我が家の食卓には関係ない。しかし、スーパーでお惣菜の唐揚げを手にするとき、今日は忙しかったからとか、疲れているからとか、何となく自分で自分に言い訳してしまうのはなぜだろう。
「主婦なら手作りすべき」という考えはおかしいと思いながら、実は自分も洗脳されていたようだ。タイや台湾では外食が当たり前だし、欧米でも簡単な料理が主流らしい。だからこんな論争自体が「いかにも日本的」「どうでもいい話」という意見もある。ごもっともだ。
出来合いの唐揚げ反対派の中には「添加物が心配」「経済的でない」という意見もあるだろう。
添加物については表示を確認する必要はあると思う。本来は、仮に添加物が含まれていても、毎日唐揚げばかり食べ続けても影響がない程度しか使われていないと思うが、絶対大丈夫かどうかは自分にはわからない。
「経済的でない」という意見もわからなくはない。デパ地下で何かお惣菜を買って帰ろうと思っても、高くて手が出せなくて何も買わずに帰ってしまうことがよくある。
しかし、家で作る場合、出来合いの唐揚げと費用を比べるといっても材料費のみで、作る人(多くは主婦)の人件費は含まれていない。大量に作るなら家で作るほうが経済的かもしれないが、1~2人分なら買ったほうが、コスパがよさそうだ。
「ポテサラ論争」のあと、「冷凍餃子手抜き論争」「唐揚げ手抜き論争」もあったらしい。「唐揚げ手抜き論争」では、テレビの街頭インタビューで「唐揚げは揚げるだけだから手抜き」と答えた男性に非難が集中し、誹謗中傷ともとれるツイートもあったという。反論したい気持ちはわかるが誹謗中傷はダメだ。
我が家では子どもが小さい頃は唐揚げを作ったが、揚げ物は作るのも食べるのもあまり好きではないので最近はあまり作らなくなった。ちなみにうちの近くにはイオンがないので、残念ながらまだイオンの唐揚げを食べたことはない。