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教育研究医、振り返りを教える

【前回までのあらすじ】色々あって、初期研修をした北の大地にある総合病院で「臨床研究・治験推進室」と「臨床研修支援室」兼務になった医師7年目の春。当院初の非臨床常勤医師として様々な隙間産業に挑む日々を綴る。早くも医師8年目!最近は医学教育について学んでいるので現場に還元したい気持ちが強い。


SEA(印象深い出来事の分析)を導入するまで

私は「振り返り」が好きだ。
思い出に浸るという意味ではなく、自らが経験した出来事を振り返ることで、その時の行動や感情、周りの反応などを思い返し、学びを得るという学習プロセスが自分に合っていると、学生の頃から感じている。

総合診療の専門研修は「省察的実践」とも呼ばれる、振り返りの機会が多かった。個人の反省を越えて系統だった振り返りができるようになったことは、患者さんを診なくなってからも自分の大事な土台になっていると思う。そのため、初期研修医の教育を担当するようになった時、振り返りは何らかの形で導入したいと思っていた。

Significant Event Analysis (SEA- 印象深い出来事の分析)と呼ばれる手法がある。
良くない結果となった事例を対象に、「実際に起こったこと」を書き出す。
それを元に「できたこと」「できなかったこと」「事例の原因となったシステム的な要因」を洗い出し、「事例の再発を防ぐための具体的な手段」という行動目標を導き出す。
これをチームで、可能であれば複数職種で行うことによって、多角的な視点を取り入れた建設的な振り返りが行えると言われている。
英国スコットランドでは、プライマリケアの現場で定期的に医療チームがSEAを行うことを積極的に推奨している。

当院での実践

工夫したこと

当院ではまず、初期研修医が参加しやすいSEAを実現することを目標とした。そのため、平日朝7時半から8時20分まで研修医のために行われている「モーニング・レポート」という勉強会の時間を利用して、月に1回程度SEAを行うこととした。

毎回10名前後の研修医が参加してくれている。事例は血液汚染から手技の間違い、診断エラーなど多岐に渡り、その都度様々な振り返りが展開される。
今のところ、研修医のみの開催にして正解だったと感じている。参加者全員が一つ一つの事例に強い関心を持ち、率直な感想を述べたり臨床の現場では聞きづらい質問をしたりしていると感じる。

研修医たちの感想

終了直後、発表を担当した研修医は「自分の中ではもう消化しきったつもりだったが、こんなに深めることができて良かった」と言ってくれた。
他にも、参加者からいくつか印象に残ったコメントがあったのでご紹介したい。

予習が足りないといつも感じる

医学部を卒業したばかりの研修医たちは知識と実践がまだ頭の中で結びついていないことがしばしばある。こればかりは経験を積むしかないといわれる反面、実践に向いた知識が不足していれば経験も無駄になり、患者さんを危険に晒すことになりかねない。研修医自身も当然これは分かっていて、日々予習・復習をしようにもできる量には限りがあって、だからこそ毎日歯痒い思いをする時期が必ずある。
同時に、「周りはこんなにできている」と見えるところだけを互いに比較して焦ることも多いし、なかなか弱音を吐くことができない。
そのため、事例検討という安全な環境で自らの勉強不足をそれぞれが自覚しながら、その思いを共有する時間はそれだけでも価値があると思う。

自立していかなければと思い、上級医に相談するのを思いとどまったことがある
上級医や看護師さんは僕たちにどれくらい期待しているのかが分からない

研修医は「上級医や看護師さん」の様に全く異なる職種である二つに対する感情を、合わせて語ることが少なくないと感じる。敵対構造とまではいかないだろうが、現場ではこれらの職種に対して想像以上に発言や質問を遠慮しているんだろうなと思った。

今後の展望

今年度から、SEAが実際に研修医の医療安全に対する認識や実際の行動が変化するか否かを検討する研究を始めた。
すでに、昨年度と比較して今年度は患者安全に関わる事例を報告するインシデントレポートの提出件数が多い。今後はレポートの内容や研修医自身の実感などを更に調査していきたい。

また、研修医が安心して事例や考えを表出できる場を確保しながら、看護師さんや上級医が知見を共有できる環境作りを目指していきたい。

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