星のあなたへ

今夜は天気がいい。
狙っていたわけではないけど、夕飯の片付けまで早めに終わらせられた。
珍しく、まだお酒を飲んでない。

そうだ、ドライブ行こう。

「へいそこのイケてるおねーさん、今からオレっちと夜景でも見に行かないかい?」
「えーさむい」
「えーいこうよぅ」

似合わないキャラを出したら一蹴されたので、やらなきゃよかった。
言葉だけは嫌がりつつもいそいそと外に出る準備を始めてくれたので安心。
天気はいいけど寒いのはもちろんだし、今から行くところは少し高いところだからさらに寒い。ダウンの上にブランケットを羽織っても、暑いことにはならないだろう。

「珍しいね、てーくんから夜景なんて言葉が出てくるとは」
おいまるで縁が無いみたいじゃないかやめてくれよ。
「いやまあそうは言わんけど、1時間かけて5分見てふーんて言ってささーって帰ってくるでしょ。どうせ。」
おやおや、まるで見ていたようじゃないか。
今から行くのも、その5分見てふーんて言って帰ってきたところではあるんだけどね。

準備をして家を出て車へ向かう。あー今日もかっこいいね。顔がいい。最高。
「夜景スポットはね、下見大事なんですよ」
エンジンをかけながら力説を始める。
「いくら景色がよくても行き辛くて苦戦してたらかっこいいとこ見せらんないからね。事故でもしたらおおごとだし。」
ナビをセットして軽く暖めたら、助手席のおねーちゃんの準備ができたことも確かめて出発。
二人で乗るのはこの前の帰省ぶりか。

「いつだか行ったとこは大変だったんだよ、まじで山。離合も一苦労。無事に展望台まで着いたけど、このあとまたあんな思いしながら帰るんかと思いながらだったし全然目に入らんの。帰りは外側だし余計にね。」
「あー、いつだか写真送ってくれたね。」
「その点今から行くとこはね、ずっとちゃんと道で走りやすくて安心なの」
「なるほどね。あっここ牛角の斜め前にワンカルビある、うける」
「……知らない道で楽しそうで何よりよ」

このあたりは二人とも生活圏外なので、確かに目新しい景色。あまり見ないチェーン店とか見るとちょっとテンション上がるのも分かる。
あと大したことない話なので別に聞かなくていいのもそれはそう。

1時間もしないくらいで目的の場所に着いた。やはり走りやすい道のりだった。
少し高いところにある公園で、近くにグラウンドがある。
その先には町並みが広がっていて、タワーだったり海だったりが見渡せる。
感動的ってほどでもないけど、なんかいいじゃんって感じがちょうどいい。

「おー。いい感じだね。人も全然いないし。」
車から降りて、伸びをしながら周りを見渡すおねーちゃん。
せっかく持ってきたブランケット、車に置いてきたな。寒いぞ。
「おっと、ごめんごめんありがと。」
後ろからかけてあげて、ついでに自販機でドリンクを買った。
こういうときはミルクティーだ。

一本をおねーちゃんに渡して、もう一本で手を温めながら、柵によりかかって改めて景色を眺める。
一人で来ると、本当に「ふーん」で終わるけど、隣におねーちゃんがいると、なぜか少しだけ神秘的。
「あ、イオンある。あっちゆめタウンだ。ちゃんと見ると楽しいね」
地図アプリを開きながら、あそこのあれはたぶんこれ、とかしてるのがかわいらしい。
「わたしもそんなに夜景見てキャーて言うタイプじゃないけどさ、てーくんと来ると、なんか落ち着くね。たまにはこういうのもいいなって思うよ。」


少しの間そのまま街並みを眺めたあと、ふと振り返ってみた。
反対側はあまり街らしさがなく、明かりも乏しい。
直上近くはまだ街の明るさがにじんでいるけど、少し向こうの空には星が見えた。
満天には及ばないけど、こんな星空を見ていると
「じいちゃんち、思い出すね。」
どこかで声が出ていて気づいたのか、おねーちゃんも同じく振り返って街を背にしていた。

そう。父方の実家は少し田舎のほうにあって、夜は星がよく見えた。
周りに高い建物も無かったから、どこをどこまで見渡しても綺麗な星空だった。
祖父が亡くなってすっかり行かなくなったけど、ふとしたきっかけで思い出すものだな。

「意外と、こんなふうに星を眺めることってないもんね」
「すっかり都会っ子だもんね、わたしたち。いつだって空は忙しない。」

なんか、今日は来てよかったな、なんて思っていたら、ふとおねーちゃんが空に右手を伸ばした。
「ねぇ、てーくん。星を掴んでみたいって思ったこと、なかった?」
「……?」
「まあ、いいからさ。こうして手を伸ばしてると、いつかどれかに手が届くんじゃないか、それか、どれか一個くらい落ちてくるんじゃないかって」
「…………ないかもなぁ。」
星に手が届くはずなんてない。わかっていたうえで望みを持つなんて、残酷なんじゃないだろうか。

「わたしさ、まあ高校もいい感じだったし、大学も、もちろん行かせてもらった身ではあるけど結構頑張ったじゃん。」
「そのあともまあ悪くないところに就職してさ、気がついたらなんかちょっとだけ立場ついてさ、なんていうかこう、それなりにそれなりな人生やってんなって、思うわけよ。」
言葉を探すように、手繰り寄せるように、おねーちゃんが続ける。
「別になにか目標を持ってたわけでもないんだけど。でも、昔じいちゃんちでみんなで見上げた星空の、あのどれかを手にとってみたいなって思ったときの気持ち、いつの間にかどっかいっちゃっててさ。」

それが純粋な子ども心のことなのか、あるいは別のなにかのことなのか。
問おうか迷った一瞬をおいたけど、まだ遮らなくてよかったみたいだ。

「なりたかった私なんてのも無いけど、あったとして、今のわたしになりたかったのか、自信ないんだよね。」
「世間から見たら、そんなに立派じゃないって言われるかもしれないし。」
きっと、結婚して今では一児の母、もうすぐ二人目だねなんて話している妹のことを言外に指している。たしかに、うちらきょうだいのなかでは、そういう見方もあるかもしれない。
そんなことないよっていう言葉が、どれほどの慰めになるだろう。

「それにね」

「一番ほしかったもの、一番掴みたかったもの、そういうのこそ意外と手に入らないんだよね。知ってた?てーくん。」

……知ってるよ。
いつだってそれを痛感しているから。
分かってるよ。
だから、そんな悲しそうな笑顔を向けないでよ。
目を潤ませないでよ。

「知ってるよ。」
さっきのおねーちゃんに倣うように、右手を掲げる。
星を掴んでみようなんて、やっぱり思ったことはない。
だって、いつだって掴みたいものは、

――――あなたが差し伸べてくれる、その手だから。

「意外となかなか手に入らないんだけど、でも諦めなくていいんだよ。」
下ろした右手で、おねーちゃんの左手を握る。そのまま指を絡める。

「ね、おねーちゃん。また一緒に住もうよ。」
「もうさ、将来のたらればなんて要らないや。二人だけのお家、二人で決めてさ。」
「……ひーちゃんは?」
おい水を差すな。一緒に決まってるだろ。雰囲気のアヤだよ。ごめんてひーちゃん。
「おねーちゃんも俺も、たぶんだいぶ頑張ったよ。でも、やっぱり一番の幸せってさ、もう分かってるじゃん。」
さっきまでは缶を持っていた左手が空いていたのがその証拠だ。待ってたでしょ。

「……間取りは3LDK以上がいい。」
「おう。」
「駅から徒歩5分くらい。」
「せやね。」
「近所に安いスーパーあるところがいい。」
「わかる。」
「あと松屋となか卯とかつやとマックとバガキンが近いところ。」
「……大事だな」
「あとピザクッ」
「よし、お腹すいたねおねーちゃん。そろそろ帰ろうか。」


「ねえてーくん」
「なーに」
「大好きだよ。」
「俺もだよ。」


あなたにとって、最初で最後に掴めた星でありたい。
ずっと。

いつもより強く手を繋いで、星空を後にした。




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「…からの帰り道、照れるな」
「別に、今までと何か変わったわけでもないのにね。」
「この先ウエストあるってよてーくん、もつ鍋食べて帰ろうよ」
「よっしゃ」



この先もずっと、幸せな日々にしていこう。
おねーちゃんといっしょに。

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