「生理用品」と「文化人類学」
あえてオブラートに包むことなく、「生理用品」と「避妊具」について少し考えたい(突然どうした自分)。
というのも、薬局などでコンドーム等を買う時にあの黒い袋や紙袋に過剰に包装されることに違和感を抱くからだ。個人的には、中身は「見えない」けれど「想像できる」ようになってしまう包装だから、むしろ他の薬と同じように透明の袋に入れて欲しくなる。もちろん、中身がみられると恥ずかしいだろうからと袋を重ねてくれているのかもしれない。でも、本当にそうだろうか。
そこが「神聖」な場所だから「鳥居」が建てられるのではない。順番が逆。「鳥居」が建てられるからそこが「神聖」な場所になる。
大学一年の時に受講した文化人類学の講義で印象に残った言葉。
(この時あたりからどっぷり文化人類学にハマる)
冒頭の話はこの考え方で捉えることもできるのかもしれない。言葉を入れ替えると
それ(生理用品やコンドーム)が「恥ずかしいもの」だから「黒い袋」に入れられるのではない。順番が逆。「黒い袋」に入れられるからこそそれは「恥ずかしいもの」になる。
(もし、大学教授がこんな具体例を出したら問題になりそう...)
なんだか、「隠す」から「隠されるべきもの」になってしまうような気がする。
つい最近、大学の食堂で「私」、「彼女」、「台湾からの留学生」の3人で「生理」の話になった(男子校出身の私はとりあえずからあげを口にほおばりながら話をきく)。学生の半分が留学生という大学に通っているからか、こうした話題も比較的オープンに話される環境だと思う。恋人同士でそうした話題が会話にのぼることはあっても、男女混合の友達同士の会話で話題になることはまずない今までの生活とは少し異なる。
印象的だったのは「彼氏に生理用品を買いに行ってもらうことがよくある」という話だった。必要になった時に期間中だとお店まで行くのは大変だから買ってきてもらうのだそう(台湾だとメジャーなことらしい)。そして、彼氏も当然そういうものだと思っている。大変なことを理解しているから。留学生の彼氏が日本の薬局で生理用品を買った時、店員さんの視線が気になったのだそう(イメージできる気がする)。
考え方は人それぞれだけれど、台湾からの留学生とその恋人との関係は素敵だと思った。生理の話、生理用品そのものが「隠されている」ことが多いからこそなんだか「恥ずかしいもの」であるように扱われるのかもしれない。つまり、「恥ずかしいもの」ではない。
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