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【エッセイ】胡散臭すぎる人に心を軽くしてもらった話

その日は田子でダイビングをした帰りだった。いつもは東海道線で帰るのだが、その日は事故による遅延が発生していたため、使い慣れてない御殿場線で帰宅した。車内は部活帰りの学生が乗っており、休日にも関わらず混んでいた。車窓からは暗くなってきた青空が、また一段と暗く見えた。私は来週の仕事のことを考えて悶々としていた。

私のnoteを前から読んでる方々はお気づきかもしれないが、私は仕事が下手だ。様々なミスやトラブルを引き起こしては上司に叱責される。仕事のミスを未だに直せず、またズボラで大雑把な気質のため新たなミスを誘発する。しかし、ミスのチェック作業は私にとって集中力を使い大変疲労を感じてしまう。周りの人が普通に出来ることを私は出来ないという事実に嫌気がさしていた。自分に合ってない仕事ならば転職すれば良いとよく言うが、当たり前のことを出来ない私には当てはまらないだろう。

私は御殿場駅で下車し、バス停へ向かった。ここから高速バスで東名江田まで行くように乗換案内アプリで表示されていたが、バスの切符売り場が見当たらなかった。到着した時刻が17時半を回っていたこともあり、御殿場・はこね観光案内所も閉まっていたため、人に尋ねるなら御殿場駅に戻らなければならなかった。しかし、もう面倒くさくなってバス停に並んだ。と言っても私以外に誰も並んでなかったので、それがさらに私を不安にした。

後ろから声をかけられた。

「すみません、ちょっといいですか?」

振り返ると、黒いスーツケースを持った男が立っていた。上背があり、短髪で、肌はやや荒れていた。

「このバスは新宿行きですか?池尻大橋まで行きたいのですが。」

男が見せてきたスマホを見ると、私と同じバスだった。

「はい、そうです。ただ、私切符持ってなくて困ってるんです。」

「切符?」

「高速バスなので切符や予約が本来必要なのかなと思ったのですが。座席指定がある気がしたのですが何か知ってますか?」

「いや、私もこのバス初めて乗るので知らないです。」

「そうですか、困りましたね。」

「じゃあ、私が駅まで聞きに行きますよ。お兄さんは僕のバッグ見ててもらって良いですか?」

「えっ、良いんですか? ありがとうございます。」

男は駅に向かって走っていった。なんて良い人だろう。

それから10分ほど経ち、私の後ろには4、5人ほど列ができていた。男が駅から戻ってきた。

「どうやら本当は予約が必要ですが、バスは座席が空いていれば予約なしでも座れるみたいです。」

それを聞いて私は安堵した。

「ありがとうございます。」

「いえいえ、こちらこそ荷物見ていただいてありがとうございます。今日は何されてたんですか?」

「ダイビングです。」

「ダイビング?この時期に? あっ、そうか。スーツ着れば潜れるのか。」

「そうですね。冬用のスーツがあるんですよ。ちなみにどちらに行かれてたんですか?」

男は徐にポケットからタバコとライターを取り出した。

「浜松の友人のところへ遊びに行ってから、御殿場のアウトレットで服を買ってました。」

「そうなんですね、日帰りですか?」

「いや、4日間です。友人が車で色々連れてってくれたんですよ。美味しいお店とか、変わったお店とか。東京に帰るのがちょっと名残惜しいですね。」

「いいですね。池尻大橋でしたっけ?」

「ええ、そうです。」

男はタバコに火をつけた。

「住んでるところは白金高輪なんですけどね。」

男はタバコを吸い、ふうっと息を吐いた。

「お金持ちなんですね。」

「いやいや。」

男はフッと笑みを浮かべた。

「実は事業をやってまして。駅の中に携帯の充電器を設置してるんです。オレンジ色の充電器なんですけど見たことないですか?」

「ん?オレンジ?あったかな?」

「見たことないですか?オレンジです?」

「うーん、あるような無いような。」

「オレンジの充電器はわたしの会社が置いてるんです。」

私は目が丸くなっていたことだろう。

「そうなんですか?」

「正確には、私が出資している会社ですけどね。タ◯ミーって知ってますか?」

「タ◯ミーなら知ってますよ。」

「あの会社、うちが買収することになってます。」

「えっ、買収?」

「はい、買収します。」

「タ◯ミーはどうなるんですか?」

男から自信が迸ってるように感じた。

「買収後はタ◯ミーは無くなります。」

「M&Aをするんですか?」

「はい、そうです。」

「なぜ買収するんですか?」

「タ◯ミーの業績が不振だからです。なので私たちが買収し、業績回復するよう仕掛けるよていです。」

「タ◯ミーそのものはどうするんですか?」

「タ◯ミーそのものは無くなりますね。」

「えっ、なくなるんですか?」

「はい、タ◯ミーは無くなりますね。ただ、タ◯ミーが保有するシステムだけはうちの会社で管理します。」

なんかしっくりこない。残された従業員はどうなるのか。引き継いだシステムは誰が管理するのか。

「実はぼく、他にも経営してるんですよ。今はたまプラーザの老人ホームを経営していて。子供の頃からの夢で、障害者も普通の人と同じように働けるような世界を作りたいと思ってるんです。ぼくADHDなんですよ。知ってます?」

「ああ、私もADHDです。」

「そうなんですね!で、やっぱりみんなと違う部分があるから辛いじゃないですか?ぼくは子供の頃にインターナショナルスクールに通っていたんですけど、そのとき自分がADHDなのがわかって、他にもどんな障害があるか調べていくうちに、障害が原因で就職できない人たちがいることを知ったんですね。じゃあ障害や体が不自由な人たちのために起業することにしたんです。老人ホームもその一環で、高齢になった人たちにできることがないかなと思って作ったんです。友人からはお前そんなこと微塵も思ってないだろって揶揄われるんですけどね。」

私はこの男が語る夢に感動してしまった。なんという志の高い人なんだろう。私なんか自分のことしか考えておらず、どうすれば仕事がはかどるようになるのかしか考えていなかったというのに。

「実際に初めて起業したのは何歳くらいの頃ですか?」

私はこの男に興味を持ってしまった。

「15歳ですね。」

「早くないですか?」

「高校に行ってもしょうがなくないですか? 勉強するより早く起業して経験積んだ方が良いなって思って中学卒業してから働き始めました。」

「両親はどう思われてましたか?」

「ああ、うちの父も会社経営してたので特に何も言われなかったです。」

「お父さんも経営者なんですね。」

「はい、父もじいちゃんも経営やってます。◯ームスって知ってますか?」

「知ってますけど。」

「これ見てください。僕のおじいちゃん。◯ームス経営者しているんです。」

男は私にスマホを見せてきた。スマホにはその男とおしゃれなお爺さんとのツーショット写真だった。

「本当に◯ームスなんですか?」

「ほらっ、これ見てください。一緒ですよね?」

見ると、◯ームス公式サイトにあるの社長の名前と写真があり、確かに同一人物だった。写真を見てしっかり信じ込んだ私は他にも色々聞いてみたいと思った。

「忙しくないんですか?」

「ぼくはぶっちゃけビジネスの方向性決めるのとお金出してるだけなんで時間はあるんですよ。今日は御殿場のアウトレットでGUC〇HI見てました。良いでしょう?」

男は自身が試着した姿の写真を私に見せた。私はブランド物に興味がなかったし、正直男に似合ってなかったので、適当に相槌をした。それにしても、あまりにも縁遠い話が多かった。似たような経歴の友人はいるのだが、彼も自信家で外資系企業で頑張っている姿を知っていたので、資産家の息子はこういう人が多いんだろうと思い込んだ。

バスが到着し、私たちは一緒の席に座った。この男の刺激的な話をもっと聞きたかった。バスが発車すると、男は口を開いた。

「やっぱり、SEXより自分でする方が気持ち良いですよね。」

何の話だ。私は曖昧に返事をした。

「付き合ってる彼女がいるんですけど、ちょっと面倒臭くて。」

どうやら男はコイバナをしたいらしい。残念ながら、私は童貞だ。私はお前が思っているような男ではない。なのでお前の相談は乗らん、いや乗れん。

「半年くらい付き合ってるんですけど飽きちゃって。」

恋愛って面倒くさいですよねえ、と私はわかったような返事をした。

「どっちが好きですか?恋人とするのと一人でするの。」

私は一人ですと即答した。

「ですよね!ぼくもなんですよ~。」

私は男と隣に座ったことを後悔した。とんでもない下品な男だった。私の友人はもっと気高い人間だというのに。私は友人がこんな男と似てると思ったことを恥じた。

「今付き合ってる彼女なんですけど。」

男は写真を見せた。多分美人なんだろう。なるほど、俺モテますよアピールか。

「モテるんですね。」

「まあ、モテますね。やっぱりぼく変わってて。この前のパーティーでも女の子に色々言われたんですけど面倒くさいんですよねえ。」

ほーん。

「そういえば、この前パーティーに行ったとき一緒に来てくれた友人なんですけど。」

男は写真を見せてきた。私も知ってる有名な声優だった。

「へえ、何か音楽でもやってるんですか?」

「はい、曲作ってます。300曲くらいリリースしました。」

ふーん、ボカロかな。

「で、この後六本木でお寿司食べたんですよ、ここの店長とも付き合いがあるので。」

これまた高級寿司店で出てきたお寿司の写真を見せられた。私はこの男の金銭感覚を疑い始めた。男はその後も有名な社長や芸能人の写真を見せてきて有名人と繋がっていることを強調したり、高級店でご飯を食べてる写真を見せてきた。私は金持ちアピールがくどい人間は嫌いなので辟易していた。

「静岡旅行はどうでしたか?」

私は話題を変えることにした。

「友達の所に遊びに行ったんですけど、めっちゃ良かったですよ。泊めてくれたので宿泊費もタダでした。」

社長なのにケチな奴だな。

「変わっているところにも連れてってくれました。静岡に占い師がいるんですけど、その占い師が多重人格者で。お爺さんが出てるときは本当に占いがバンバン当たるんですけど、小学生の女の子が出てくることもあるんです。本来の人格は女性でとても臆病なんです。」

「それ本当ですか?」

「本当です。」

私は信じやすい性格なので、とりあえず信用した。

「占いはお幾らするんですか?」

「20万円です。」

たっけえ。

その他にも色々話した。男の会話の中で面白かったのは芸能人や高級料理屋の話ではなく、もう思い出せなくてnoteに書けないのだが、男とその友人たちのちょっとしたじゃれ合いの話だった。その話の方が血が通っていた。私は目的地に到着し、先にバスを降りた。私はなんだかんだ、その男の会話を楽しんでいた。私の中にあった仕事での鬱々とした感情が少しばかり軽くなっていた。胡散臭すぎたが、私を楽しませてくれたことだけは男に心の中で感謝した。

私は男の名前を検索し、その本性を知った。経営者にせよ、詐欺師にせよ、自信を持って未来を語る姿は人を魅了してしまうものだと実感した。私もいつか人を魅了できるような自信を持てるように力をつけたい。もちろん使い方を間違えずに。

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てふなむのエッセイノート
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