サムライ 第11話
【前回の話】
第10話https://note.com/teepei/n/n5e4689785e76
帰り道に立つと、彼女を探したい衝動に駆られる。でもそれは、してはならないことだと思う。というよりも、それをしてしまったらもう止まらない気がした。だからあくまで帰り道に立ち、そこに彼女がいれば挨拶をする。そして望むようなら話を聞く。そう決めていた。だけどある日、帰り道を歩いていると、後ろから追いかけてくるような気配があった。
「お疲れ様です」
彼女だった。止まらなくなりそうな烈しさをどうにかねじ伏せ、それだけに聞く姿勢に割く余力がなくなりそうだった。それでもなんとか聞く姿勢を保ち、俺はいつもの俺であり続けた。学校で三者面談があること、子供が数学を苦手としていること、両親の心配が有り難いながら重荷でもあること…注意深く耳を傾け、相槌を打つ。大変ですねえ、とか、そうですよねえ、とか、俺の口から出てくるのはどれも深みのない言葉ばかりで、自らの語彙のなさを呪う。それでも彼女はほっとした表情を垣間見せ、少しは捌け口として役立ったのだろうかと考える。最後にはあの笑顔。とにかくまだ振り切ることが出来るぞ、と鼓舞するようにしなければ立ち去れなかった。
彼女が俺を探してくれる。そんな状況が二、三度続いた。その度に烈しさが疼き、ねじ伏せ、擦り切れてゆく。その内に俺は、彼女に思いを打ち明けたとした後のことを、真剣に想像してみたりした。勿論だめならダメで、それで終わりだ。では、もしダメではなかったら。その時俺は、彼女の抱えるものを少しでも抱えてあげることが出来るのだろうか。職場の雰囲気が良くなったとは言え、給料がそれに伴うわけでもなく、そもそも世間からすればまだ薄給とも言える経済力で、俺はどれだけ彼女の力になり得るのだろうか。ダメではなかった場合の甘い想像もしないわけではなかったが、それでも最後に行き着くところは自らの不甲斐なさだ。今の俺では彼女が抱えるものを分ちあえない。話を聞いて、その場しのぎにほっとしてもらうのがせいぜいだった。でも、それでも…と、可能性の僅かな隙間をこじ開けようと想定を繰り返し、現実にもがき、擦り切れていった。そして最高の聞き役として振る舞うために、彼女の前では微塵も残らぬよう気持ちを潰した。
(続く)