サムライ 第24話
【前回の話】
第23話https://note.com/teepei/n/n0408533bbf7c
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遠くで手を振る姿が見え、それが森井と山辺だと分かる。俺は手を振り返して答えた。
職場の敷地には、一本おおきな桜が植わっている。
周囲には芝生が敷かれ、憩いの場として普段から活用されている。
そして毎年春には、こうして花見を行うのだった。
俺にとっては既に以前の職場となっていて、ここから離れて五年が経とうとしている。
「久しぶりだな」
「ようやく来ましたね」
と、森井と山辺は口々に言いながら俺を迎えてくれる。
森井は退院した後、職場に戻ってきた。
すっかり憂いが流れ落ち、以前に抱えていた怒りは前向きな力に変わり、快活な青年になった。
それからはあの頃の面影など微塵も見せず、今や結婚もして二児のパパである。
快活さは以前にも増して、人望も厚い。
そして山辺も家庭を持ち、念願の一戸建てを購入した。
結婚して三年は経つが、油断していると未だに奥さんののろけ話をするらしい。
警戒せよ、との一言を上長からもらい、そういう上長は、と聞くと、俺の奥さんの話はするな、と電話口から怯えた口調で返してきた。
「そういえば上長は」
「ああ、本社の会議で少し遅れるって。あとお前、もう上長じゃないぜ。今や五エリアを統括する、統括部長様なんだからな」
「じゃあ部長か」
その響きを検分するような間ののちに、
「やっぱ分かりづらいな、上長でいいだろ」
と森井が言い放つ。
「名前で呼べばいいでしょう」
と、山辺がもっともな突っ込みを入れる。
しかし今度は、はて、と思案するような間が現れる。
「名前、なんつったっけ」
森井の失礼極まりない問いかけだったが、山辺も言葉に詰まる。
「えっと…、あれ、なんでしたっけ」
勿論俺も思い当たらず、あとでこっそり谷口さんに教えてもらおう、という結論に至った。
谷口はその後、以前に挫折していたタウン誌の編集という仕事にもう一度挑んでいた。
いつも心に引っ掛かっていた、といっていた。
その気持ちを引き摺りたくなかったのだろう。
仕事を押し付けるだけの谷口はすでにいない。
それだけにまた頑張りすぎないか、というのが俺たちの共通する心配事にもなっている。
「しかし晴れて良かったな」
敷かれたブルーシートに座りながら、すすめられた缶ビールを開ける。
「それじゃあ」
と乾杯し、俺は桜と青空を仰ぎ見る。
「仕事は落ち着いたのかよ」
と森井。
「ああ、今年あたりから、ようやくマシになったかな。後輩も増えたんでな」
「しかしお前が映画配給の仕事とはな」
「そうですね。でも、上長から色々借りてましたからね、まあ、映画は好きなのかなって」
「いや、映画が好きになったことも含めて、全部上長のお陰だよ」
「でも名前は知らないのか」
目ざとい森井の突っ込みに舌打ちする。
(続く)