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ワインテイスティング(ワインエキスパート/WSET)
ワインに関する記事を投稿して約1年半が経ち、気付けば
100近い数の記事をご購入頂きました。拙い記事にも関わらず、興味を持って読んで頂けているだけで感謝です。
JSWワインエキスパート、WSET Level 3、日本ワイン検定など、これまでに様々なワイン検定資格を取得してきましたが、多くの読者さまに記事を読んで頂けていることを踏まえて、少しでも参考になればという想いで当方のテイスティングの思考プロセスを纏めてみました。
1. 本記事のきっかけ
これからワインエキスパートやソムリエの資格を受検する方や、既にワインエキスパートやソムリエの資格を取得したがテイスティングの勉強中の方など、様々なステージの方がいらっしゃると思います。当方もワインを勉強し始めたのは2017年頃で、仕事も別にワインを扱う職業ではありませんので、まだまだ7年目の修行中の身ではあります。しかし、プロフィールに記載したワイン資格はテイスティングも含めて全て1回で合格してきました。
そんな中、日本ワイン検定やドイツワインケナーなど、特定のワイン資格のテイスティング講座を都内ワインスクールで受講した際、周りの受講生の質問や様子を見ていると、「え、こんな適当なやり方でテイスティングしているの…?」「それって単なる品種当てクイズじゃん」と思わざるを得ない方が少なくないのが実態です。
そこで、今回は複数のワイン資格を取得する過程で身に付けた、"素人から"でもワインの世界で通用するようなテイスティング方法を皆さんに少しでも紹介出来ればと思って記事を書いてみました。
もちろん、テイスティングの方法は人それぞれです。ワインエキスパートとWSETでもやり方が異なるぐらいですので、どれか1つ正しい方法がある訳でもなく、ましては筆者の方法が正しいという訳でもありませんが、いまテイスティングを勉強中の初級~中級の皆さまにとって少し参考になればという想いで本記事を投稿しています。
2. テイスティングの流れ
大きく分けて「外観」「香り」「味わい」「総合評価」の4つから構成されるのはJSAでもWSETでも共通です。ですので、この4つに沿ってテイスティング中の筆者の思考プロセスを説明したいと思います。
3. 外観
「色調」「輝き」「清澄度」「粘性」と言った要素から判断します。この点も皆さん同様だと思います。ですが、こうした点から「ブドウの成熟度(温暖産地 or 冷涼産地)」「酸の大小」「アルコールの大小」「酒質」を推測していますでしょうか。
例えば、フランスのヴィオニエであれば以下のような点が考察出来ます。ここに香りの評価を加えれば、ワインを口に含むまでもなくフランスのヴィオニエである事は想像出来ます。
・黄色の色調が強い→熟度が高い、木樽熟成している、酸度が低い
・酒質がまろやか→品種個性(特定の品種に見られる特徴)
他の例でいえば、目の前に色調が淡いグリーンがかったレモンイエローのニュージランド産のソーヴィニョンブランがあるとします。これが何故色調が淡いのか?グリーンがかっているのか?を考えた事はありますでしょうか。この理由は、日照量の強いニュージランドではブドウの完熟を待ってから収穫していては、糖度が上がり過ぎて、綺麗な酸を表現したエレガントなスタイルのワインが作れなくなる為、ブドウの完熟を待たずに果実が緑色のうち早期収獲して酸を残している為です。
目の前にワインがあるとついつい早く飲んでしまいがちですが、外観から取れる情報もたくさんありますので、まずは落ち着いて概観から読み取れる情報をメモしていきましょう。
4. 香り
主に「香りの種類」「香りの強さ」の2点から考察します。
①香りの強さ
ワインを目の前にするとついつい香りの種類を取りにいきたくなりますが、その前に確認しなければならないのは「香りの強さ」です。一般的には香りの強いワインは、温暖な地方のワイン、或いはアロマティック品種であることが推測されますが、香りの強弱は「ワイングラスのどの部分で香りがはっきりと取れるか」で判断します。
これはJSAでは説明されていない手法で、WSETで紹介されている手法ですが、①グラスの縁よりも外で感じられる、②グラスの縁で感じられる、③グラスの縁の中でようやく感じられる、この3つの基準で強弱を判断します。
(正確には誤っているが便宜上分かり易くする為に)いわゆるシャブリやロワール産ソーヴィニョンブランと言った香りがニュートラルな品種、別の表現をすれば香りがシンプルで感じ取りにくい品種がありますが、これは澱熟成をしていることで香りが取りにくくなっています。詳細は割愛しますが、こうしたWine Making Processが生み出す香りの違いを論理的に理解していることで、テイスティングの正確性や深さが出てくると考えています。
②香りの種類
香りの種類は、テイスティングである意味で最も楽しい作業と言えるでしょう。そんな香りの種類の取り方ですが、筆者はルーティーンがあり、果実系・花系・その他という順番で香りを取りに行きます。
例えば、ピノノワールであればラズベリーやクランベリーと言った赤系果実の香りを取り、次にスミレ又はバラのような花の香りを感じ、そしてピノノワール特有の血のような香りや木樽由来のシナモンやトーストの香り、或いは全房発酵由来のトマトリーフのニュアンスを取ると言った方法で。
この時に大事なのは「能動的に香りを取りに行く」ということ。「これって何の香りがあるのかな?」という風に受動的に香りを取るのではなく、「これってラズベリーの香りはあるか?いや、ブラックベリーの香りか?」と自らワインに問いかけていくスタイルで臨んでいます。赤ワインであればストロベリー、レッドチェリー、ラズベリー、クランベリー、ブルーベリー、ブラックベリー、ブラックチェリー、カシス、イチジク、プルーンなど、赤系果実から黒系果実までの自分の中にある"香りパターン"を次々と当てはめて香りを取りにいきます。そのためには自分の中に香りのパターンを用意しておく必要があり、ここは経験値が必要な部分でもあります。
と言うのも、果実系であればまだ簡単ですが、花系であればスミレ、バラ、ボタンと言った試験的な意味で王道の香り表現だけでなく、日々のテイスティングでは表現の幅を広げると言う意味でラベンダーと言った他の花の香り表現も準備しておく必要があります。特に白ワインだと、ジャスミンやセージ、オレンジブロッサムと言った絶妙な花の香りもあるので難しい所です。
この「能動的な」香りの取り方に加えて筆者が重要視しているのは「化学成分(芳香成分)」です。例えば、ソーヴィニョンブランにはパッションフルーツの香りがある、甲州には柑橘系の香りがある等、特定の品種には特徴的な香りがあることがしばしばあります。特にワイン資格の登竜門であるソムリエ/ワインエキスパート試験では、リースリング=菩提樹、ソーヴィニョンブラン=青草/パッションフルーツのような方程式を疑うことなく信じてしまいがちですが、重要なのは「なぜそのような香りがあるのか」です。
例えば、甲州の柑橘系の香りは3MH(3-メルカプトヘキサノール)が生み出す香りですが、この3MHはどういう条件で栽培した甲州に多く含まれているのかを理解している事が重要なのです。話が脱線してしまうので、ここでは詳細は割愛しますが、ボルドー液不使用や早期収獲、ナイトハーベストと言った手法をとることで3MHの含有量を最大化出来ます。つまり、こうした手法を取っていない甲州ワインには柑橘系の香りは少ないと言えるのです。
他の例ではメルロの土っぽいニュアンスです。筆者はメルロには常に土や埃のような香りを感じるのですが、皆さんにとっては別の香り表現で捉えているかもしれません(例:藁、干草、キノコ、等)。残念ながら試験においては「正解」となる香り表現を1つ選択する必要がありますが、日々のワインテイスティングにおいては比較的自由に表現することが許されていますので、「自分はこう思う」という香りの表現で構いません。さて、メルロの土っぽい香りに戻りますが、これはメルロに含まれるβ-イオノンによってもたらされている香りと考えられます。β-イオノンはスミレの花や木、ラズベリーの香りを呈す化学成分ですが、これにメルロに含まれる豊富なタンニンによるスパイス香などと混ざることで、筆者にとっては土っぽさを感じさせているものと思われます。
参照:
ワインの香りを化合物から整理する⑥ ~β-ダマセノン、β-イオノン~ | ワイン・ブログ 情熱とサイエンスのあいだ
これ以外にも、ヴィオニエやゲヴュルツトラミネールには白桃やキンモクセイのような香りがあること、イタリアの白ワインではパイナップルの香りがあること、イタリアの赤ワインには鉛筆の香りがあること、など様々な品種・産地の特徴的な香りを化学的かつ論理的に考察する事が出来るのです。最近テイスティングした少し感動したワインの1つはシャトーメルシャン/大森リースリングです。通常、リースリングにはラベンダーのような香りは無いのですが、この大森リースリングではラベンダーの芳香成分でもあるリナロールが多く含まれている為、ラベンダーのような上品なフローラルの香りがあります。
こうした化学的かつ論理的に導き出された香りは、単なる品種当てクイズにはならず、一度間違ったとしても軌道修正して次回からは品種や産地を当てられるようになるのです。
ワインを勉強し始めた頃は、甲州=柑橘系のような方程式でも良いと思いますが、中級レベル以上はその特徴的な香りがなぜ、どのようにして生まれているのかを理解することで、本当の意味でブドウやワインを理解していると言えると筆者は考えています。
5. 味わい
次に味わいの評価ですが、これはJSA/WSET共通で「甘味」「酸度」「苦味/渋味」「アルコール度数」から評価します。厳密には「アタック」「余韻」もありますが、ここでは省略します。
①甘味
ブドウの成熟度を判断する材料ですが、酸度とのバランスで甘みの感受性が変わることは覚えておきたい点です。筆者がアメリカのワインスクールでWSETの講座を受けた際には「レモネード効果」と教えられましたが、大量の砂糖が入っていて本当は甘いはずのレモネードも、レモンという強い酸が入って入れば、甘味を強く感じることなく飽きずに飲めるという現象を表現したものです。その代表例は貴腐ワインとなります。酸度に騙される事なく、正確に残糖を評価出来るようになる訓練が重要です。
②酸度
JSAとWSETで最も異なる点の1つです。JSAでは定性的な表現をするのに対して、WSETでは定量的な評価をします。つまりJSAは「シャープな酸」「爽やかな酸」「優しい酸」などと表現するのに対して、WSETでは「High」「Medium +」「Medium」「Medium -」「Low」のようにあくまでも総酸量で評価します。
High, M+, M, M-, Lowの基準は明示されていませんが、筆者は経験則的にだいたい総酸量がこの位だとHigh、このレベルはMedium +というのをXXg/Lという定量評価で認識/評価しています。酸の評価がブレると品種判断に大きく影響するので、なるべく酸の特徴は定量的に正確に知覚したいところです。
また、筆者は酸がHighである品種、Medium +である品種などグループ化して記憶しています。ですので、テイスティングの際にはそのワインの酸度から、自分の中にある品種グループから候補となる品種を選択していきます(例:酸度がHighであれば、候補はシャルドネ、リースリング、ソーヴィニョンブラン、等のように)。
ただ注意すべきは、量的な評価だけではなく、質的な評価も重要になる点です。つまり、リンゴ酸・酒石酸・乳酸の違いを理解した上で酸度を評価、ひいては品種やワイン醸造/熟成方法を考察することが大事になります。
最も簡単な例はMLF発酵したワインに感じられる丸みのある酸です。MLFすれば酸が丸くなる(リンゴ酸から乳酸になる)というのはワインを勉強した方であれば誰でも知っている知識だと思いますが、それにとどまらず何故MLFをしているのかを考察出来るようになるのが本当のテイスティングだと考えています。例えば、冷涼産地が故に徐酸を目的としてMLFをしているのか、或いは香りの複雑性が乏しい為にMLFをして複雑性を出しているのか、等。
このように酸の質感から品種やワイン醸造/熟成方法が推測可能となります(リンゴ酸と乳酸の違いは比較的分かり易いですが、酒石酸の酸の感じ方が分かるようになるとテイスティングの奥行きが出てきて、テイスティングの楽しみも増えるかもしれません)。
③苦味/渋味
苦味や渋味は白ワイン・赤ワイン共に重要な要素の1つです。苦味は味覚であるのに対して、渋味は触覚となりますので、厳密に言えばこの両方を同じように扱うのは不正確ですが、一旦ここでは纏めておきます。
タンニンが多い品種はカベルネやメルロなど、タンニンが少ない品種はピノやマスカットベリーAなど、と言ったようにタンニンの多寡によって品種を絞ることが出来ます。白ワインにおいても、グリ系や木樽熟成のワインなど特定の品種/ワインにしか苦味がありませんので、白ブドウ品種の判断においても重要になります。グリ系や木樽熟成系以外にも、例えばミュラートゥルガウやグレーラと言ったマスカット系品種にも苦味がありますので、苦味の有無は大きな手掛かりとなります。
筆者は、黒ブドウ・白ブドウ共にタンニンが多い品種や少ない品種をリストアップして把握しています。テイスティングで自分の感じたタンニン量からその品種を推測します。
注意すべきは、酸度同様に量的評価だけでなく質的評価も必要となる点です。つまりタンニン量は同じであってもブドウの成熟度や品種によって、タンニンの感じ方は異なります。例えば、フランスのカベルネは粗く青いタンニンが感じられるのに対して、アメリカやチリのカベルネは比較的丸くスムーズなタンニンが感じられるのはそういう理由です。
蛇足になりますが、JSAソムリエ/ワインエキスパート試験でも出題されるイタリア/ネッビオーロ。恐らく多くの方がネッビオーロ=「淡い色調」「強い収斂性」と理解していると思いますが、本来のネッビオーロは品種個性として「淡い色調」「強い収斂性」という訳ではありません。ネッビオーロを栽培しているイタリア人ワイン醸造家は、収穫したネッビオーロを醸造している際、(語弊を恐れずに言うと)その怠惰な性格故に収穫後の冬の間は特に作業をしなかったそうです。つまり、ブドウ果汁が果皮や種子と共に漬け込んだままになったことで、結果的に現代のバローロやバルバレスコに見られる「強い収斂性」が生まれ、それがバローロやバルバレスコのワインの典型例となりました。ブドウ品種自体にはそこまで強い収斂性が無いものの、長期間のマセレーションにより種子からタンニンが抽出され強い収斂性が付与されたのです。この過程で同時に起きているのが色調の脱色です。長期間のマセレーションにより抽出されたアントシアニンやタンニンは重合化していくことが今後は澱として沈殿していきます。その結果、ワインの色調が淡くなり、ネッビオーロ=淡い色調という"ある種の誤解"が生まれたのです。
④アルコール度数
アルコール度数はWSETよりもJSAの方が0.5%刻みという厳しい判定基準ですが、アルコール度数の正確な推測も訓練あるのみです。
筆者は①外観と②飲んだ後の鼻へのアルコールの戻り(鼻が熱くなる感じ)で推測していますが、最近ではグラスを回した時の質量感(遠心力感)も判断材料の1つとしています。質量感は厳密に言えばアルコールだけでなく糖分やグリコールと言った分子量が大きい他の成分も含まれていますので正確ではないのですが、補助的な評価方法としてグラスを回した時にニュアンスも1つの材料にしています。
アルコール度数も「当てっこゲーム」になりがちですが、なぜアルコール度数が高いのか、なぜアルコール度数が低いのかを考察するのがテイスティングでは必要になります。
その一例はオーストラリアのハンターヴァレー/セミヨンです。ハンターヴァレー/セミヨンは一般的に10.0~11.0%のアルコール度数ですが、これも温暖な気候故に酸を残してエレガントな味わいに仕上げるという造り手の意思によって早期収獲された結果となります(早期収獲→糖度が低い状態で収穫→アルコール度数が上がりにくい)。その結果、当然ながら色調も淡く、酸も硬くシャープでグリーンなニュアンスとなります。
6. 総合評価
JSAでは品種・産地・年代という評価項目ですが、WSETではそのワインの品質をOutstanding, Very Good, Good, Acceptableというように評価する必要があります。
WSET試験以外ではこのような品質評価は必要ないので詳細は割愛しますが、BLIC(Balance, Length, Intensity, Compexity)の4要素から品質を評価します。
7. 最後に
今回記載させて頂いたのはテイスティングをする際の筆者の思考プロセスとなります。上述の通り、テイスティングには人それぞれのやり方がありますので、筆者の方法もあくまでも1つのやり方として参考にして頂くだけで構いません。また全ての思考プロセスを文章で書き表せることも出来ず、本記事はその一部とはなってしまいますが、筆者が特に申し上げたいのは「単なる品種当てクイズ」にするのではなく、香り成分や酸度といった要素を「化学的かつ論理的」に考察することの重要性です。
β-イオノンという化学成分を知ったからと言って何になるの?と思う方もいらっしゃるかもしれません。ただウンチクが増えるだけでしょと思う方もいらっしゃるかと思いますが、なぜその香りになるのか、なぜその味わいになるのかを「化学的かつ論理的」に考えることでより正確に品種や産地を考察出来るようになり、言語化しにくい香りや味を言語化することで今回の失敗を次の成功に活かしていけると確信しています。
ここまで読んで頂きありがとうございました。少しでも皆さまの参考になれば幸いです。
以上